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2008年4月14日 (月)

世の中の最大公約数

この世の中は、最終的には妥協の産物とは思うが、妥協しすぎると談合になり、だらけてくる。よく言われるように、競争しつつ協調するのがいいのだが、その頃合が実に難しい。妥協が早すぎると、世間や周囲から批判にさらされるし、遅すぎると、まとまるものもまとまらなくなる。

理想の実現は大切だが、前に全く進まないというのも困る。だから、判断基準に幅を持つ必要があるのだが、トップに、人望とその幅が認められない場合は、世の中、停滞することになる。

すなわち、あの人が言うのなら仕方ない、というような雰囲気を持っており、人間社会をよく知っている人がトップになるのが相応しい。また、その時の、トップは片方だけがそうであっても駄目で、双方が、そのようなトップでなければならない。

そういうわけで、世の中の最大公約数をまとめるのは、誰でもできるというわけではない。ところが、残念ながら、世の中には、そのことを理解してない人々がいる。つまり期待してはいけない人たちに期待はしてはいけないのだ。

結局、トップの選定に、私達が、直接にせよ、間接にせよ、強い関心を持つことが大切になる。彼らの私生活や、日頃の言動などの観察も大切だ。企業のトップにしても、政治家のトップにしても、それで業績が決まるのだ。企業のトップの場合は、投資の目安になるだろうし、政治家の場合は、投票の目安になる。

最終的には、私達の選択が、自分の身に降りかかってくることになる。その時、世の中の最大公約数は、選択の判断の一つの基準になると言えるかもしれない。すなわち、私達にも、ある程度の幅のわかることが求められるのだ。

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