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2008年4月30日 (水)

小心翼々の誤解

  仲山甫の徳たる 柔嘉にして則あり

  儀を令(よ)くし色を令くし 小心翼々たり

  古訓これ式(のっと)り 威儀これ力(つと)め

  天子これ若(したが)い 明命を賦かしむ

小心翼々と言う言葉は、日本では、「気が小さく、びくびくしていさま」のように悪いように使われるが、本当の意味はそうではない。本来の意味は「慎み深く、細事まで注意すること」を指す。出典は、『詩経』の「大雅」の「烝民」で、仲山甫のことを称えた歌から出ている。

同じく周に仕えていた尹吉甫が彼を称えて贈ったとされる。それほどに、仲山甫は、当時、人々に愛されていたようで、徳のある人であったようだ。

「烝民」との「烝」は見慣れない文字だが、「蒸」と同じこと。人は天地の間で、その気が蒸して創っていると考えられていたらしい。国の長は、民を蒸すことを天地に代わってやっているとし、民の実情調査を自らもしくは、臣下を使って行っている。

紀元前789年、異民族と戦っていた周の宣王は、敗れ、太原地方の民を精査して、兵を徴収して軍を立て直そうとした。それを仲山甫が諌めている。為政者の都合で、民を追いつめないように配慮しているのだ。

今の日本の政治や行政に足りないのは、こういうことではないか。机上で政策を作ってしまい、国民の実情も把握せず、いきなり実行に移し、国民を混乱させている。ああ、小心翼々な為政者を望みたいものだ。

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