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2008年5月29日 (木)

民間に迷惑をかけない政治

昔は、年貢とは別に公役というものが民に課された。それは兵農一致政策によるものだったからだ。防人もその一つだろう。兵農分離をしたのは織田信長といわれるが、その頃までは、延々と兵農一致政策が取られたことになる。

兵農一致政策の時代の指針が、十七条の憲法第十六に示されている。民に迷惑が掛かるような時期に徴集をかけてはいけないと戒めている。そんなことをすれば、民が疲弊し、ひいては国家が衰亡するということがわかっていたからだろう。ただし、このことは、既に『論語』に述べられていたことでもある。

念のため、十七条の憲法第十六を解釈すると、次のようになるだろうか。

「民を公役に使うには時期をよく考えて、配慮が必要だ、というのは、古の法則である。冬の間は、農業も暇であるから、この期間に民を使うことが望ましい。春から秋にかけては、農蚕業が大変忙しい。この期間は、民を公役につかってはならない。もし、民が農業をしなければ、何を食べればいいのか。また民が養蚕をしなかったら、何を着て暮らすのか(よく考えよ)」

さて、現代における公役とは何だろうか。日本には、現在徴兵制度はないので、国民の仕事や生活に優先して、国のために仕事をするということは何を指すのだろうか。

現代における、公役の主たるものは選挙かもしれない。忙しい時や、暑い時・寒い時に選挙されるのは嫌なものである。選挙はいつしてもいいものではないだろう。

また裁判員制度が実施されれば、公役と言えるだろう。安い報酬で、時間を奪われ、正味国民に迷惑が掛かる。裁判官の仕事を代行し、一体、裁判官はどれほど減給されるというのか。新しい現代の公役のあり方を考えてもらいたいものだ。

*参考 十七条の憲法第十六 読み下し文

  十六に曰く、

  民を使うに時を以てするは、古の良典なり。

  故に冬月、間あれば、以て民を使うべし。

  春より秋に至るまでは、農桑の節なり。民を使うべからず。

  其れ農せざれば、何をか食せむ。桑とらずむば、何をか服む。

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