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2008年5月 3日 (土)

南画の世界

ピカソの絵は、若い頃、へんてこりんな絵だなと思って無視していた。多分、今でも、彼の意図は理解していないだろうけれど、流風的に理解すれば、それは時間的、空間的変化と、それの重層的展開ということになるかもしれない。過去、現在、未来をいろんな形で空間を捉え直し、描いているのではないか。それは彼の心象風景ということかもしれない。

さて、話は変わるが、水墨画展の案内状が時々送られてくる。流風も、何となく好きなものだから、よく観に行っている。いろんな流派があるらしく、描き方はと様々だ。日本と中国では、また違うようだ。日本は中国から水墨画を学んだが、そういうものを踏襲しつつ、日本的な手法を編み出しているというが、流風には、わからない。

その水墨画にも、写実画とその心の反映の画、すなわち南画に分けられるらしい。日本にも、水墨画の世界にピカソと同様な絵画の世界があったらしい。すなわち南画は江戸時代に、それまでの絵画手法に飽き足らなくなった人々が、中国の南宋画を参考に、描いたそうだ。

今まで、水墨画はよく鑑賞したことがあるが、南画という意識では観ていない。そういう分野があるとは知らなかったからだ。改めてそういう分野があることを知った。人間、知らないことは尽きない。それとも知らないのは流風だけか。

それはともかく、南画を描く基本は心を鍛えることだという。ピカソ同様、心象風景を描くのだが、そのベースに哲学のようなものが求められる。その辺が、彼の絵と違うのかもしれない。ピカソに哲学がないとは言わないが。

その展覧会が、兵庫県立美術館で「南画って何だ?!」というテーマで開催されている(~6月8日まで)。美術館が、ダジャレを使っているのは笑える。この美術館のホームページ(*参照)で、南画について詳しく解説されているので、ここでは、これ以上詳しくは記さない。

この美術館は、近代・現代アートの展示が多く、あまり観に行かないのだが、今回は行ってみようと思う。さすがに連休は止めにしておこう。それにしても暑いなあ。ツツジは満開で蜂は喜んでいるが。

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