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2008年5月15日 (木)

嫉妬心は邪魔

このブログでは、女性の嫉妬を題材によく取り上げたが、男の嫉妬も、なかなか怖い。女性の嫉妬はそれなりに怖いが、男の嫉妬は、身の毛もよだつものが多い。しかし、嫉妬が強く作用すると、その組織は機能不全になる。本来、敵は外部なのに、内部抗争にエネルギーを投入するため、組織内がごたごたする。だから、ライバルからすると、付けこみやすい。

十七条の憲法 第十四条では、そのことを強く戒めている。人の能力を羨むのではなくて、相手の能力を正しく評価し、尊重し、それをうまく活用することに意を注がなくてはならない。この世の中、自分が全てやることはできない。分野ごとに能力のある者に任せる必要がある。そして任された者は、自己の責任において、最大限努力し、組織が成果をあげうるように努めなければならない。

そのためには、自分ができないからといって、嫉むのではなくて、自分の存在価値は何なのか改めて再確認して、自分の分野を極めることが望まれる。それが“賢人”であり、“聖人”なのだ。賢人や聖人は、必ずしも全知全能を指すのではない。皆、そのことに気づくべきだ。そうすれば、嫉妬で無駄な時間を空費することもないのだ。

ちなみに、十七条の憲法 第十四条(*参考)を流風なりに現代語に訳してみると、次のようになるかもしれない。

「全ての大臣・役人は、嫉妬することがあってはならない。自分が人を嫉めば、人もまたあなたを嫉むのは人の常である。この嫉妬の災いは、限りがない。すなわち、他人が能力的に自分より優れていると、嫉妬心が起こる。そうなれば、賢人に会おうとすれば、五百年に一人しか現れないし、まして聖人となると一千年に一人しか出現しない。しかし、聖人や賢人を得なければ、どのようにして国を治められるだろうか。」

*  参考 十七条の憲法 第十四条   訓読文

    群臣百僚、嫉妬あることなかれ。

    われ既に人を嫉まば、人またわれを嫉まむ。

    嫉妬の患、その極みを知らず。

    所以に智、己に勝れば、則ち悦ばず。

    才、己に優れば、則ち嫉妬す。

    是を以て、五百歳の後、乃ち賢に遭わしむとも、

    千載にして以て、一聖を待つこと難し。

    其れ聖賢を得ざれば、何を以てか国を治めむ。

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