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2008年5月26日 (月)

南画展を鑑賞してきた

先日のブログでも紹介した「南画って何だ?!」展を観て来た。久しぶりに行く兵庫県立美術館は、周囲もあまり変わっていなかった。変わり様がないけどね。阪神電車岩屋駅から南側に、てこてこ歩いていくと、すぐわかる大きな建物だ。近くには、「人と防災未来センター」、「JICA兵庫」「WHO健康開発総合研究センター」などの施設もある。これらは、皆、震災後、造られた物ばかりだ。それぞれに意味のある施設だ。建物も、シンプルだ。

ただ、兵庫県立美術館の建築物を設計した設計者(安藤忠雄らしい)には悪いけれど、無駄が多い建物だ。それが芸術だと言われれば、そうかもしれないが、建物の中を歩き回らねば、展示室に行けないのは、ちょっとうざい感じもする。

設計者の意図は、展示室に着く前に、いろいろ楽しんで、という意味があるのかもしれないが、別に建築物を鑑賞しに来たわけでもない。フン、所詮、設計者の自己満足だろうが、と悪態をつきながら、展示室にやっとついた。

受付の、にこやかな、お嬢さんに、鑑賞券を渡すと、すぐそこは会場だった。平日のためか、入場者も少なく、静か。これは助かる。美術館は、海外の例を出して、美術館は賑やかな方がいいという人もいるが、私は静かなほうがいい。

ところで、この展覧会は、前期と後期に分かれていたが、前期は来ることができなかった。総展示数のかなりの部分が前期に展示されており、随分、惜しいことをした。パンフレットには、前期・後期の有無が記載されていなかった。

それはそれとして、鑑賞した作品をいくつか挙げてみよう。まず村上華岳の作品は、まだ元気な頃のものが多く展示されており、以前鑑賞した末期の作品ばかり観たのとは、別の印象を受けた。人間は、その健康状態によって、作品が大きく左右されることを再確認した。

まず1907年の『熊』の絵を観るのは初めてだったが、少し笑ってしまった。その熊が、どこかひょうきんに描かれているのだ。そして本物を見て描いたと感じられないことだ。むしろ熊の縫いぐるみを見て描いた印象なのだ。実際のことはわからないが。

また彼は浮世絵を研究していたそうで、1913年『夜桜の図』も、彼のイメージとは大きく異なった。京都、平野神社で、華やかな夜桜の宴を描いたものらしく、そのたくさんの人々の表情が、浮世絵のように描かれている。しかし、どれもパターン化されており、とても写実的とは言えない。宴会で客や芸妓を仮面を被った人々として描きたかったのだろうか。

そして、1920年ごろ以降は、以前鑑賞した通り、幽遠な世界に入ってしまう。いつ観ても、少し怖いくらいだ。目が悪くなるということは、画家にとって、こんなに影響してしまうのか。心が内向き志向になってしまった結果の作品になっている。また、それが彼の価値を高めることになるのだが。

次に、富岡鉄斎の作品が、清荒神清澄寺より借りて、たくさん展示してあった。こんなにたくさん観るのは久しぶりで、旧友にあったような感じだ。以前ブログにも記したが、彼の作品が比較的好きなこともあって、じっくり鑑賞させてもらった。それぞれ仏教的意味があるが、ここでは触れずに、機会があれば別途、感想を記したい。

そして、今回最大の収穫は、何と言っても、水越松南だ。不勉強で、流風は知らなかったのだが、観てて大変面白い。全体にユーモアが溢れている。ぱっと見ただけで、こんなに面白いだから、もっと深く観れば、彼の考え方がわかったかもしれないが、今回はそこまでは行かなかった。しかし、人間に対する愛が感じられるものだった。

でも、その他、いろんな画家の絵を観たが、南画がどういうものであるかは、結局、画から正確に理解できなかった。やむなく、図録(*参考)を買い求め、これから、少し理解を深めますか(笑)。

*参考

ところがこの図録、サイズがA5サイズには、少し面食らった。大抵がA4サイズだからだ。たしかにA5サイズの方が持ちやすくて軽いが、価格は変わらない(1,800円)し、図も当然のことながら小さい。う~む、どちらのサイズがいいのか。保管するには、確かにいいのだが。

*追記

なお、レストランでは、「南画って何だ?!」オリジナルメニューがあるそうだが、当日は、味わう時間が持てなかった。少し、残念。

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