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2008年5月12日 (月)

双蝶の舞

二頭のアゲハチョウ(*注1)が仲良く飛んでいる。多分カップルなのだろう。しばらく眺めていたが、なかなか離れることもなく、ずっとお互いが沿うように一緒に飛んでいた。羨ましいなあ。双蝶の舞と言うべきか。軽やかなステップだ。

そういうと、歌舞伎にも『蝶の道行』というものがある。『傾城倭荘子(けいせいやまとそうし)』の五幕目のもので、悲しい話だ。あらすじは、北畠家の当主が陰謀によって殺され、家宝も奪われる。そのため、その若殿と許婚の桃井家息女は追われる身になる。

そこで、北畠家の元家臣の息子佐国(すけくに)と桃井家の家臣の妹・小槙は代わりに処刑される(*注2)。主君に対する忠義とはいえ、残酷な話だ。しかし、封建社会の当時、伝えられる似たようなモデルはあったのかもしれない。

二人は恋仲で、死をもって現世から引き裂かれる。生前、逢瀬のたびに、二頭の蝶が仲良く舞っているのを羨ましく思ったことがあり、死後、まるで、そのことを思い出すように夫婦の蝶になって、道行となる。

現世では、添い遂げられなかったが、昔の楽しい思い出に浸りながら踊り狂うが、所詮、蝶の命は儚い。やがて悪鬼が迎えに来て、連れ戻され、地獄の責めにあいながら、二人は花園で折り重なって息絶える。

封建社会のなんと悲しい物語か、と思う、涙もちょちょぎれる話だ。あのアゲハチョウたちもそうなのだろうか。まあ、そういうことは感じさせることもなく、気持ちよく飛んでいるように見えたが。でも寿命は短い。

それにしても、どんな理由であろうと、引き裂かれると、その恋は純粋なものとして伝えられる。時が、そこで止まるから。あれっ、ロマンチックな話も現実的に。流風には、こんな話、無理かもね。

*注1

蝶の数え方は、正式には「頭」。「匹」ではないらしい。少し変な感じだが。

*注2

まず、小槙が姫君の代わりに、兄に首を打たれ、それを知った佐国が後を追って自害するという筋立てもある。

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