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2008年5月23日 (金)

女の愛嬌とは

「男は度胸、女は愛嬌」と昔から云われてきたが、「女は愛嬌」については、どうも本当の理解は少しニュアンスが違うようである。一般に、愛嬌というと、愛想がよく、お世辞の一つも言って、周囲を和やかな雰囲気にする、という意味に捉えられている。

しかし、確かに、そういう意味も含まれているかもしれないが、「愛嬌」とは、本来、色気のある、はんなりした女性のことを指す。どちらかというと、一見、か細くて、ひ弱さを感じさせる(但し、実際は、中身はそうではない)タイプ限定だ。

別の言葉で言えば、シンの強さはあるが、しなやかさがある女性だ。だから、いかにもぶつけても死なないような元気な女性が、愛想を振りまいても、それは愛嬌とは言わない(笑)。

まずコスモスのような可憐さがありきなのだ。気品高く、清らかで、シンはしっかりしているが、万事が控えめで、慎ましい色気が滲み出るような女性が、愛嬌があると言うのだ。そして、愛する男性には、惜しみなく愛を与える、尽くす女性でもある。

恋人同士の時は、どうしても、自分だけに愛嬌を振りまいて欲しいと思うものだが、パートナーになれば、周囲に愛嬌を振りまいてくれる方がいいかもしれない。それで、男の評価が上がるからだ。

そう考えると、現代は、愛嬌のある女性はなかなか期待できない(笑)。しかしながら、意外なところに潜んでいる可能性もある。それが愛嬌の条件でもあるからだ。それでは、日頃スポットの当たらない、「隠れ」愛嬌のある女性を見つけるとしますか。若い男性諸氏よ、目立つ女性より、とてつもない拾いものをするかもしれませんぞ(*注)。

*注

しかしながら、愛嬌のある女性の心の奥底は知ることはできない。それは『閑吟集』の中にもある。

    えくぼの中へ 身を投げばやと思へど 底の邪が怖い

えくぼは、美人の象徴だが、外見やその心遣いだけで判断すると、間違いがあるかもしれないということ。所詮、女は女。拾いものをしたつもりでも、ゆめゆめ、ご安心めさるな(笑)。

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