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2008年5月21日 (水)

一本釣り

一本釣りとは、網で漁をせずに、一本の釣り糸に一個の釣針をつけて魚を釣ることだが、政治の世界では、政権を握った場合、他派閥の議員を大臣ポストなどを派閥の長には連絡せず、与えて、自陣営に取り込もうとする行為と捉えられている。

さて、薩摩の武将に山田有信という人がいたらしい。流風は詳しくは知らない。彼は島津義久に仕えていた。時は、秀吉が大軍を率いて、島津を攻め込んでいた。山田有信は日向高城に立てこもり、勇戦し、さすがの秀吉軍も手を焼いていた。

しかし、当主の島津義久が、案に違えて、秀吉に降伏してしまったから、たまらない。彼はなおも抵抗を続けた。秀吉は、義久を責め、はやく説得して投降するように命じた。島津の何回かの自著による手紙による説得で、はじめて城から出たということだ。

手紙には、秀吉と講和したのだから、お前だけの存念で戦っても、薩摩全体に迷惑がかかるというような内容だったらしい。

戦後、秀吉は、その戦いぶりと降伏ぶりに感心し、肥後天草4万三千石を与えようとした。人たらしの秀吉なら、やりそうなことだ。自前の部下の少ない秀吉は、直属の部下を増やそうとしたのだろう。

しかし、山田有信は、うんとは言わなかった。「仰せは有り難いけれども、主人、島津義久の領土して頂くのなら、快く頂きますが、私個人の領分としては、決して受け取れません」と受け取ることはなかったと云う。

人間、目の前に人参をぶら下げられると、心が揺れるものだが、彼は、組織における奉公のあり方を十分理解していたのだろう。できそうで、なかなかできないことだが、踏み止まることで、多くを失わなくて済むのだ。

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