« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月29日 (日)

蛙声満つ

子供の頃、友達と田んぼや川に入って、いろんなカエルを捕まえた。おたまじゃくしは、川魚などと、たくさん泳いでいたし、それを追っかけたり掬ったりして、結構楽しめた。そうすると、いつの間にか、日が暮れて、母によく叱られた記憶がある。

おたまじゃくしを追っかけていると、カエルに出会い、にらめっこ。敵も察した様で、追っかけても、すっと逃げられたりして、全身びしょ濡れ。それに比べて、友達は、彼のお兄さん仕込みで、捕るのがうまく、ヒキガエルを捕まえて、見せられた時は、少し驚いたものだ。でも、触らせてもらって、あのヌメヌメした感じは、気持ち悪かったものだ。

ガマの油が傷に利くのは、嘘のようであるが、一見、あれは利きそうに見える。大体、人に嫌がられるものは、毒は毒を制すると言われるように、利くものだと教えてくれたのは、祖母だ。話は、それたが、あのヒキガエルは、未だに、正直苦手だ。

それでも、いつだったか、子供の頃と思うが、蛙料理を頂いたことがある。蛙は、ヒキガエルだったと思う。正直、蛙と聞くと、気持ち悪いのだが、焼き蛙などは、焼き鳥と同じ感じで食べることができた。味はまずまずだったと思うが、思い出せない。まあ、今後も積極的には食べようとは思わないが。

さて、今年は、「国際カエル年」だそうだが、カエルも絶滅の危機があるのだろうか。子供の頃、家の近くに田んぼがあったので、この季節になると、カエルの合唱がうるさくて、なかなか眠れなかった記憶がある。

現在の住まいの近くには田んぼがないので、カエルの声を聞くことはない。あのうるさい鳴き声は、望まないが、久しぶりに聞いてみたい気持ちもある。

| | コメント (0)

2008年6月28日 (土)

綸言汗の如し

年金公約を守れなかった安倍前首相は、早く議員辞職して、政界を引退すべきだろう。彼は、基本的に政治家としての資質に欠ける。いつまでも、政界にいるべきではないだろう。それに、彼は、死ぬ覚悟で仕事をしなければならないのに、首相の職責を途中で放棄するほど、トップとしての資質にも欠けていた。

昔から、「綸言汗の如し」と言うように、君主やトップの発言は重い。一旦発言したことは取り消すことができない。それは汗が一旦体の外に出てしまえば、戻すことができないのと同じだ。トップは、言葉を選んで、慎重に発言しなければならないのだ。

そういうことさえ理解していなかった前首相は、トップとしての政治学を学んでいなかったのだろう。早く政界を去って、いい加減なことを言っても許される政治学者にでもなればいいのだ。そして、彼を指名した元首相も責任を取ってもらわなければならない。彼らの時代は終わりつつある(*注)。

*注

もちろん、竹中平蔵氏も、未だにあちこちで色々発言しているが、彼の役割も終わっている。彼の考え方はもう古い。学者崩れの元政治家が何を言っても、信じてはもらえないことを彼は残念ながら理解していない。

彼の考え方の誤りは、人間がベースにないことだ。頭の良い人にありがちだが、物事を重視するあまり、人を無視することになる。そのような発想では、正しく国を導けない。マスコミも、もう彼を引っ張り出すことを止めるべきだろう。

*平成20年9月26日追記

麻生政権の中山交通国土省の大臣が、どうしようもない発言を連発している。いつもいつも新内閣で、大臣就任後、失言をする人が必ずいる。これらの人たちは、「綸言汗の如し」という言葉も知らない教養の無い人たちなのだろう。そういう人を選んだ首相も首相だ。大臣は、能力の前に人間力重視で選ばれなくてはならない。

*平成20年9月29日追記

中山成彬交通国土省大臣が辞任したが、いろいろ言い訳をして、みっともない。大臣という立場の意味を全く理解していない。65歳にもなって、正しい見識もない。謝罪してすむものではない。彼は議員を辞し、引退し、次の選挙も辞退すべきだろう。

また麻生内閣に、中山成彬をごり押しした森元首相も引退すべきだろう。首相としては何の実績も無い森氏が、陰でこそこそ政治遊びをして、国民にとっても迷惑な存在だ。

*平成20年9月29日追記

小泉元首相は引退を表明したが、安倍元首相は未だに表明していない。次の選挙には出ずに引退してもらいたい。

*平成21年2月13日

小泉元首相は、麻生首相の出鱈目さに、堪忍袋の緒が切れて、腹を立てたようだが、麻生首相も、このことわざをまったく理解していない。漫画総理に、国を治めることなどできない。こんな、ちゃらんぽらんな彼を総理・総裁に選んだ自民党も、早く下野すべきだ。そうしないと、衆議院の解散というより、自民党の解散になりかねない。

| | コメント (0)

2008年6月27日 (金)

商売の基本

商売は、時代が変わっても、基本は変わらない。信用をじっくり築き上げ、実績も少しずつ積み上げる。それが商売というものだろう。世の中、いろいろなことを言う人が多くて、惑わされることも多いが、基本を変える必要はない。

大原幽学も、そういうことを指摘している。このブログでは、以前にも、別の人の同様な見解を記したが、ここでは幽学的な見方を、現代的な言葉で解釈して、紹介しておこう。

一、仕入れは、即金で支払うべし。

いずれ支払わなくてはならない、お金をぐずぐずするより、気持ちよく支払って、次の商売につなげるべきだ(*注)。少々の金利をケチった所で、何もプラスになるものはない。人間、手元にお金があると、別のところに使いたくなるのを防ぐ効果もある。

一、どこまでも、コストぎりぎりの価格で、提供すること。

商売は、利益を薄く、多人数に売るのが基本。幽学は指摘していないが、当然、回収は現金に限る。掛け商売はしない。

一、贅沢な生活を夢見ることなく、何とか暮らせればいいというように、商売を丹精に磨くことが大切だ。

贅沢するために、商売するのなら、やめておいた方がいい。商売は、浮いたり沈んだりする。堅実で質素な生活が必要である。

一、古くなったものを、これぐらいはいいと思って、売るな。

古くなった物は、思い切り見切り、新しい物を仕入れて売る。商品価値をお客さんに誤魔化してはならない。そんなことはいずれ暴露する。正しい価値をベースに売るのが基本。

一、都会風の商売はせず、真心込めて、親切に、田舎風の商売を目指せ。

宣伝を派手にやって、急激に売上を増やす商売は、目立つが、長続きしないもの。お客様の役に立つものを、こつこつと適正価格で提供し続けることが、長く商売を続けられる方法だ。そうすれば、トータルでは、商売に勝ったことになる。

一、売上第一主義に陥るな。正しい利益とそうでない利益を分けて考えよ。

儲かれば、何をやってもいいということはない。常に社会に貢献しているか、考えながら、商売をすることが大切だ。

*注

但し、仕入先については、十分吟味しなければならない。すなわち「スジ」の良い仕入れ先でなければならない。仕入れコストだけで決めると、大きな過ちを犯す。

| | コメント (0)

2008年6月26日 (木)

トマトの季節

家庭菜園では、ぐうたらな流風は、ジャガイモ、サツマイモ、ネギ、大根、青紫蘇(大葉)など手間のかからないものをよく作る?いや、勝手にできてしまう(笑)。

そして、この季節には、大体、ナス、きゅうり、トマトは素人でも栽培しやすいものを作る。きゅうりは変形した変なものばかりできるが、味は普通。ナスはまあまあ。トマトが一番手間いらずで成果大。

そういうことで、今年も、トマトの季節になってきた。このトマトは家庭菜園には最適だ。初心者でも、苗を買ってきて、植えておけば、大抵収穫できる。昨年は、ミニトマトの苗を二株も植えたものだから、大変なことになった。あまりにも実の量が多すぎて、食べきれないのだ。いろいろ工夫して、やっと食べ終わったが、一部は腐らせてしまった。

そういうことで、今年はミニトマトではなく、普通のトマトを植えた。今のところ、完全無農薬で、順調に生育し、青い実が鈴なりになっている。食卓に上るのも近いようだ。はてさて、どんな味だろう。楽しみだ。

*追記

また、トマトの成分、リコピンとかが体にいいそうだが、基本的に夏野菜。体を冷やすため、その摂取の仕方には注意が要る。だから、流風は、冬には、いかにスーパーで出回っていても、買わない。主義として、地野菜で、季節に採れるものを食べるようにしているからだ。まあ、生で食べなければ、いいんだけれど。

*平成20年7月11日追記

やっと赤くなってきたトマトを収穫。しばらく、美味しいトマトが食卓に並ぶ。それも生のままで味わうことにした。食べて見ると、普通にスーパーに売っているものと同じ味だ。それに無農薬のため、いつも湯剥きしているが、その必要もなく、皮ごと食べても美味しい。子供の頃、母が作っていた青臭いトマトとは違っていた。

| | コメント (0)

2008年6月25日 (水)

慕われる人の条件

大原幽学は二宮尊徳と同じ時代の農政学者だ。道徳と経済のバランスを重視する「性学」を主張している。「性学」とは、儒学をベースに、実践道徳を学ぶもので、人欲を抑制し、人間の本来持っている精神を覚醒して、生きる道を探し出すものと言える。

後年、渋沢栄一も同じ様なことを言っているから、彼の書籍等から学んだのかもしれない。残念ながら、不勉強で、これ以上の彼に関する知識はない。ただ、彼は多くの言葉を残しており、参考になるものも多い。

その中で、今回は、彼が挙げている慕われる人の条件を取り上げよう。慕われる人は、世の中に確かに存在する。不思議な雰囲気を持っている。育った環境、成長プロセスが導き出すのであろうが、人間の本質を読み取り、理解しているということが基礎にある。大体、子供の頃から、多くの人に錬られた人が多いように感じられる。

幽学が挙げる、その条件とは、次のようなものだ。

一 人欲の私を戒めている。

すなわち、利口ぶること。手柄顔をすること。握りこぶしを挙げること。気位が高いこと。そういうことは、人を遠ざける。

二 人の喜ぶ顔を見ることを何よりの楽しみとせよ。

人を喜ばせることは、自分の心に栄養を与えることでもある。それは何もプレゼントや金銭的なことに限らない。よい顔をしたり、嬉しがる言葉を発することも含まれる。誰でも、喜ばされて、嫌な気はしない。ただスパイスは必要だけれども。

三 人を叱って、ますます人が慕ってくること

それには、愛の心が必要だ。叱るということは、愛情があること。将来性のない者を叱ることはしない。但し、子供には、叱って、同時に引き寄せ抱きかかえることが大切だ。心底、相手のためになる叱り方が求められる。

| | コメント (0)

2008年6月24日 (火)

占いには裏がある

おおよそ、この世の中を見る方法に二元論がある。これが正しいかどうかは別にして、見方として存在している。例えば、天があれば地がある。上があれば下がある。表があれば裏がある。男がいれば、女がいる。別に、これらを否定する人はいないだろう。そういう風にして、人々は区別してきた。すべては「全」という見方もあるが、それでは目印がなく、人は生きにくい。

この裏表を利用したのが、「占い」だろう。占いは「裏ない」でもある。しかし、わざわざ、そういうところに、胡散臭さが伴う。「裏ない」ということは、「裏あり」に通ずるものがある。情報なしに、人を占うのは、不可能に近い。人相見だって、人の顔を見ながら、相手の心理を読み取っている。占い師は、相手との会話から情報を読み取り、世間話から答えを引き出そうとしている。

落語にも、『お神酒徳利(おみきどくり)』というものがある。あらすじは演者によって、登場人物が異なる。(*参考)。しかし、基本的な筋は同じだ。以下に、知っている、あらすじを紹介しよう。

ある大店で、すす払いの十二月十三日に、台所に洗いかけの、お神酒徳利が転がっていた。それを出入りの八百屋(番頭とする場合もある)が見つけて、いたずら心から、水瓶の中に隠した。そのことは忘れて、帰ってしまうが、店では、お神酒徳利がないと大騒ぎ。

まあ、お神酒徳利で、大騒ぎするとは、何か謂れのある徳利だったのでしょう。落語では、それを省略しているのもあるし、神君、家康公からの賜り物とか説明しているものもある。そういうのを有難がる人々もいるのは確かだろう。

八百屋は家に帰って思い出すが、大騒ぎになっているので、今更、自分がやったとはいえない。そこで、占い師の娘であった、おかみさんに相談すると、「算盤占い」をして出せばいいと入れ知恵をする。八百屋がその通りにすると、大店の主人は見つかって大喜び。

現在、算盤占いは、あまり聞かないが、珠の出具合で占うものだろうか。広辞苑にも掲載されているから、昔からあったのは事実のようである。この占い師の娘のおかみさんが、現実的な人であることは、後の話しでわかる。

主人から、「お前が占いをするとは知らなかった。三島にいる弟が、迷いが生じて、よい占い師を紹介してくれと書面が来ている。ちょうどいい機会だから、一緒に行っておくれ」と頼まれるが、これには、困って家に逃げ帰るが、おかみさんに、「適当にやればいい。たんまりのお礼も頂けるのだし」と説得され、渋々三島に行くことになる。

人間、迷いが生じるのは、よくあることだ。皆が皆、最初から悟っている人など誰もいないだろう。迷うのも人生。それをどう凌ぐかが分かれ目なのだが。三島の人も迷っているようだが、八百屋も迷いながら、現実的なおかみに背中を押されて、行動を起こしている。世の中、せいぜい、そんなものだ。

途中、小田原の旅籠に泊まったところ、大騒ぎしている。聞けば、客のお金百両が紛失したとのことだ。それを聞いた同行の主人は、早速、旅籠の主人に八百屋のことを紹介する。

これは大変とあせった八百屋は、これはたまらんと、逃げる算段をする。「籠るため一人にしてくれ」と言って、離れをあけてもらい、占いに必要な算盤や、お供え用として、握り飯十個や提灯を用意させ、人を遠ざける。辺りはすっかり暗くなり、そろそろ逃げ出そうとした所、誰かがやってくる。

人間、崖っぷちに立ったとき、意外と幸運がやってくることがある。そういうことがあるから、最後まで諦めないことが大切なのだろう。まあ、人間、もう駄目、という経験をすると、もうどうにでもなれ、と開き直るから、何かが見えてくるのかもしれない。

見ると、真っ青な顔をした宿の女中のお梅がやってくる。実は親元から母親が病気と知らされ、つい出来心で、お金に手をつけて、庭にある、手入れされていない、お稲荷さんの床下に隠したという。彼女は、「そのことは、内分にお願いします」と泣いて言うので、「安心しろ。何も言わないから、その代わり、お前がここに来たことは決して何も言うな」と口止めする。

これで、占いの裏は取れたわけだ。後は、自信をもって告げるだけ(笑)。

翌朝、番頭に、お金の在りかを告げると、お金はお宮の下から見つかり、旅籠屋は大喜び。三十両のお礼をもらい、その内の五両をお梅に与える。女将には、お稲荷明神をもっと大切にしなければならないと諭す。この評判は、小田原中に広がり、占って欲しいという人々が殺到。人の噂とは、そういうもの。現在も、マスコミが囃したて、そういうことになるケースもある。

しかし、八百屋は、これには、もう、たまらん、と今度は本当に逃げ出した。それは賢明なこと。いつもうまく行くとは限らない。もう冷や汗はかきたくない。

落ちは、「今度は先生がいなくなりました」と、なっている。

以上のように、この落語の話は笑い話になっているが、全ての占いは、同じ構造を持っているだろう。遊びは、まだいいとしても、深みにはまるのは避けたいものだ。それにしても、八百屋は、その後、大店の主人にどう言い訳したのだろうか。

*参考 落語『お神酒徳利』の別のあらすじ。

大店の旅籠の通い番頭善六が、徳利を隠して、大騒ぎするのは、上記の例と同じ。

ただここから、少し様子が違う。ここに、たまたま鴻池の支配人が泊まっており、鴻池の一人娘が難病に罹っていて、原因がわからないので、それを占って欲しいと依頼される。善六は自信がないから断りたいが、おかみさんが礼金三十両に目がくらみ、主人をそそのかして、大阪の旅に出す。

その途中、神奈川宿に宿泊すると、お金がなくなったと大騒ぎしている。この話は、上記にあげた筋とほぼ同じ。しかし、ここからがやや異なる。さすがに、大阪の件は、どうしようもないと覚悟し、旅の続きは、水垢離をし続ける。

そうすると、満願の日、例の稲荷明神が修復され、女将達の信心が戻ったようで、稲荷明神が、そのことを感謝して、善六に教示する。その内容は、「鴻池家の乾の方向(北西)の隅の柱の四十二番目の柱の土中に観音像が埋もれているから、それを掘り返して、祭れば、娘の病気は治るだろう」ということだった。

半信半疑だったが、そのことを支配人に伝え、掘り起こすと、観音像が見つかり、娘の病気はすぐに治った。鴻池家は感謝し、米倉を開いて、貧民に施しをした。善六は、たくさんのお金で旅籠を造って貰い、暮らしが大金持ちになった。算盤占いで、桁違いになったとさ。

| | コメント (0)

2008年6月23日 (月)

五箇条のご誓文 その三

今回は、五箇条のご誓文の二番目の文言を見てみよう。それは次のように示される。

  一、上下心を一にして盛んに経綸を行うべし

経綸とは、辞書では、「国家を治め、ととのえる」こととあるが、ここでは、要するに、国民全体で、経済を活発化させることを説いている。この考え方は、戦後、企業活動でも、活かされたし、日本人は集団で活動すると言われてきた精神的ベースを表している。

この他人同士の集まりであっても、チームを組めば、一団となって活動するのを羨ましがる海外の人々もいるくらいだ。もちろん、それは見方によっては、欠点となる場合もあるが、それが日本的経営の原点であるとも言える。

しかしながら、この農業精神が、段々薄れ、個人ベースで動こうとする若い人たちもいる。だが、現状、全体としては、そういうやり方では、うまく行っていないと言えるだろう。すなわち、周囲の支えがあって、初めて成果をあげることができるという考えなしでは、日本の企業という組織では、うまく活動できない。

そして、それは企業外でも、同様に行われてきた。それの行き過ぎたものが、談合であろう。公共組織や企業組織が巨大になれば、談合は弊害として、映る。特に、国際社会で活動する組織にとっては、それは致命的である場合もある(ただし、国際社会が、談合的でないかといえば、それは大きな疑問がある。彼らはやり方が巧妙なだけだ。裏で手を回しているケースはたくさんある)。

大きく、話が逸れてしまったが、この条文は、基本的に、国家・国民一丸となって、経済活動に邁進しなければ、西欧社会と対等にやっていくことができないという危機感が溢れている。それは現代の日本も同様であろう。

もちろん、バランス感覚は大切だが、思考回路の異なる他国の人々との交渉ごとにおいては、もっと国益を考えて、慎重に発言すべきかもしれない。特に学者・知識人といわれる方々には、この誓文は警句となるだろう。

彼らは、集団主義を否定し、他国の人々が自国の国益のために発した情報を鵜呑みし、「正しい」ものと理解しがちだが、それは自国の利益を損なう場合が多いことを忘れてはならないだろう。

| | コメント (0)

2008年6月21日 (土)

皇后さまの『子供時代の読書の思い出』

文藝春秋七月号に、末盛千枝子氏が、「皇后美智子さまの告白」として、皇后様の思いを記している。詳しい内容については、この記事を読んでもらうしかないが、ただ、その中で、皇后陛下が、第26回IBBYニューデリー大会基調講演(平成10年)をなされた経緯が詳しく記されており、改めて、そのことが気になった。

この第26回IBBY(国際児童図書評議会)ニューデリー大会では、テーマが「子供の本を通しての平和」だったのだが、皇后陛下は、『子供時代の読書の思い出』(*参考参照)として、講演されている。そこでは、子供が本の触れる重要性を説いておられる。最後部分を抜粋すると、次のようだ。

  子供達が、自分の中に、しっかりとした根を持つために

  子供達が、喜びと想像の強い翼を持つために

  子供達が、痛みを伴う愛を知るために

  そして、子供達が人生の複雑さに耐え、

  それぞれに与えられた人生を受け入れて生き、

  やがて一人一人、

  私共全てのふるさとであるこの地球で、

  平和の道具となっていくために。

これは平成十年になされたもので、テレビでも、その内容は放送されたようだが、残念ながら、流風は視聴していなかった。実は、5年位前に、出雲大社に参拝した時に、そこに『皇后陛下御話』という冊子があり、それを頂いた。その内容が、上記の講演内容と同じものだった。

当時、はじめて、皇室に生きる大変さ(あくまでも民間人の感じる視点に過ぎないが)が感じられた。その中で、特に感じたのが、愛と犠牲の話であろう。子供時代に読まれた内容が、皇室に入られてからも、お気持ちとして活かされている。皇后陛下には、そういうことに、子供時代の読書の重要性について、深い感慨があられるのだろう。

すなわち、民間から天皇家に嫁がれて、複雑系(*注)の中で、今上天皇陛下の愛があればこそ、多くの悲しみにも耐えることができたのではないかと推測できる。今回、思わず再読して、改めて、我々民間人にも、示唆に富む内容に感心し、その重みを感じてしまった。

* 参考

    皇后陛下 第26回IBBYニューデリー大会基調講演録

     『子供時代の読書の思い出』

      http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/26ibby.html

*注

「複雑系」の流風の理解は、社会は多くの人たちの考え方、立場で成り立っており、発言や行動する場合、それに十分配慮する必要があるということ。さらに宮中は、いろんなしきたりや慣習があり、さらに「複雑系」が増していると推察される。

| | コメント (0)

2008年6月20日 (金)

二人へのくだけたスピーチ

最近は、元首相方も、結婚式で、くだけたスピーチをされるようだが、いずれにしても、長くなくて、気の利いたスピーチは、列席者にとっても有り難い。

江戸時代の僧、仙崖和尚は、夫婦の関係を、元首相達のスピーチに負けず劣らず、次のように語っている。

  「富士の白雪は朝日で溶ける。

   今朝の雑煮は煮て溶ける。

   夫婦喧嘩は、寝てとける」と。

これは夫婦喧嘩が絶えない二人に、三遍唱えよと、渡したものらしい。新婚夫婦も、いずれ、いつも、ニコニコとは行かないだろう。それでも、夫婦が、常に触れ合うことの大切さを説いている。

つまり、どんな状態であっても、一日一回は、指一本でも、何らかの接触が大切ということ。こういうことを禅僧が言うのも、おかしい気がするが、何らかの縁で結ばれた夫婦が仲良くするのは自然体で、と理解していたらしい。あまり意地を張らず、無理するなということだ。

 

| | コメント (0)

2008年6月18日 (水)

化石に見込まれた男

人間、誰かに見込まれることはある。先輩と不思議とウマが合って、引き立ててもらうことがある。その時に、能力を集中して投入すれば、成功は間違いなしだ。そういうチャンスは逃してはいけない。

さて、丹波竜の発見で有名になった、足立洌(きよし)氏が、今回は、古代の化石を発見するきっかけづくりをされたようだ。昨年十月に、篠山層群で脊椎動物のトカゲの尻尾らしきものを発見された。

それで、ここには何かあるぞということで、人と自然の博物館の研究員が、本格的に発掘したところ、篠山市内の中生代前期白亜紀の地層「篠山層群下部層」から哺乳類の化石を発見したのだ。

一体、この人は、何かに見守られているだろうか。古代が、「お前に発見してくれ」と言わんばかりに、奇跡的な発見をされる。新種の可能性もあるそうだ。中生代前期白亜紀といえば、約1億4千万前というから、途方もない昔のことだ。見つかったのは、「ねずみ」に似た哺乳類の右下あごということだ。

そういうと、今年は子年だ。何か関係があるのだろうか。今回、彼は、ネズミの神様に見込まれたのかな。まあ、見込まれたら、とことんやるしかないですなあ(笑)。でも、定年退職後に、こんなラッキーなことばかり起こるのは誰よりも幸せだろう。

| | コメント (0)

2008年6月17日 (火)

自然界のガス抜き

岩手・宮城内陸大地震で大変なことになっている。残念ながら、今回、被害に遭われた方々には、ご冥福をお祈りし、またお見舞い申し上げる。四川の大地震同様、亡くなられた方々は、一瞬のことで、逃げようがなかったと察することができる。

地震の規模は、阪神・淡路大震災と同程度だそうだが、映像で見る限り、自然の破壊力に関しては、あの被害を超えている。都市型地震と山間部地震の違いかもしれない。あの山が崩れ、がけ崩れが起こっているのは、自然界の怒りのように見える。

さらに活断層が指摘されていなかったことも驚きだ。最早、日本で安全な地域などないのかもしれない。すなわち過去のデータだけでは、この自然の大災害を予測するのは不可能なのかもしれない。

昔、ある住宅関係の人に、人間は、完全な震災対策は不可能なのだから、震災後の処置が大切と言った覚えがある。その人は否定的だったが、どうも私の意見が正しかったように思う。残念ながら、自然に勝つことは難しい。

結局、災害に遭った後、皆で援け合って、回復を目指すしかない。そのような備えが一番大切なことではなかろうか。そういう意味では、今回、政府も地方も、対応は早かった。過去の学習が活きている事は唯一の救いだ。

さて、あらゆる組織において、時々ガス抜きが求められる。組織として、仕事は一応順調に進んでいても、少しずつ、組織の歪が生じている。すなわち仕事への不安や不満が蓄積されて、組織ストレスになるのだ。

そういうことで、優れた管理者は、適度にガス抜きを行う。それは自由討論の開催だったり、フリートークできる会議だったりする。さらには、ちょっと一杯ということで、本音を引き出したりして、適度に不満を発散させている。そういう組織は、比較的うまく行く場合が多い。

逆に、数値ばかり追いかけて、管理強化ばかりする管理者のいる組織は、組織ストレスが大きくなり、ある日突然、所員の不満が爆発して、組織全体が嫌な雰囲気になり、仕事が停滞する例は、過去にも多く見られた。

それが自然界でも同様のことが言えるだろう。地震学者に考えてもらいたいのは、過去のデータの分析や地震の予知だけでなく、地震エネルギーを如何に分散させるかという発想だろう。エネルギー溜め込まないようにするには、一体どうすればいいのか。そういう研究を是非してもらいたいものだ。

| | コメント (0)

2008年6月15日 (日)

老母を思う歌、『冑山歌』

『冑山歌(ちゅうざんか)』は、頼山陽の詩だ。冑山とは、現在の兵庫県西宮市にある山で、火山で、甲山と表記し、「かぶとやま」と読む。その名の通り、甲をひっくり返した形で、欧米の人たちからも、「ビスマルク山」という俗称をもらっている。彼が被っていた甲に似ているからだ。

さて、その詩の内容は次の通りだ。

   冑山昨我を送り

   冑山今我を迎う

   黙して数うれば山陽十往返

   山翠は依然として我は白鬚(はくしゅ)

      故郷に親在り更に衰老す

   明年又応に此の道を下るべし

頼山陽は、若い時は、親不孝者であったようだ。その彼も、母親が老いてからは、京都から大阪(*注)に帰省して、度々見舞っている。そうは言っても、今と違い、交通事情も悪く、年に一度あるかないかというものだったらしい。年々老いて弱っていく親を見て、詠んだのが、この詩だ。意味は、次のようなものだろうか。

「この前、今、実家に帰ろうとして、甲山に見送られ、都に帰った時は、甲山に迎えられようとしている。目を瞑って、数を数えれば、この山陽道を十往復しただろう。この山は何も変わらないのに、私の顎鬚(あごひげ)には、白いものが混じっている。私がそんなことだから、故郷にいる親は更に老いたことだろう。それでも、来年も、また故郷の土を踏むことになるだろう。そうできるように、親にはもっと長生きして欲しい」と。

この詩に接すると、昔、流風が、体調を崩した父を見舞うために、遠くから新幹線に乗って、度々帰省していたことを思い出す。若い時、親不孝だったのは、山陽と変わらない。孝行したい時には、親はなし、とよく言うけれど、若い時には、なかなか、そのことがわからない。

*注

この詩が、いつ作られたものかは分らない。彼の父、春水が危篤だという報せを受けて、京都から五昼夜して広島に向かったと云う話がある。「山陽十往返」が引っ掛かる。かつて父親を見舞ったことを思い出して、母親を見舞いながら作ったとも捉えられる。ということは、春水が亡くなった後、母親を大阪に住まわせたということだろうか。

| | コメント (0)

2008年6月14日 (土)

医療者を支援するには

医療の問題がいろいろ論じられているが、それは全て、医療提供者の不足とか、患者側の問題がほとんどのようだ。

それでは、医療を提供する医療者の仕事環境・生活環境はどのようだろうか。研修医を除けば、所得では問題はないだろうが、その生活の面でのバックアップ体制は十分だろうか。

診断等の数々の医療行為に追われて、生活破壊している医療者も多いのではなかろうか。だが、これは厚生労働省がいかに手を打っても改善されるものではないだろう。

これらは、患者となりうる地域住民でバックアップする必要がある。少し考えるだけで、例えば、食事の体制、仮眠施設、24時間各種サービス、家族のケアシステム、移動のバックアップシステム、未払い集金処理、各種雑用などがあるだろう。

これらをあまりお金をかけずにできたら、医療者は随分助かるのではなかろうか。とにかく、医療者が困っていることを地域でバックアップするシステムを作れば、こんなに医療者が不足という事態は避けられるのではないか。医療者は、困っていることを、地域にもっとオープンにして、地域と共に考える機会を作ろうではないか。

| | コメント (0)

2008年6月13日 (金)

人間五十年

現在は、寿命が延びて、人生80年と言われる。織田信長は、幸若舞『敦盛』(*参考)が好きで、よく舞っていたようだが、その中に、「人間(ジンカン)五十年」とある。当時の寿命は五十歳程度であったのだろう。信長は、この死生観に基づき、生きているうちが花と思い、思い切りできることはやったに違いない。彼の精神的土壌は、これにあったのだろう。

彼より前の南北朝時代の武将、細川頼之は、次の詩を詠っている。細川頼之は、足利尊氏に従い、軍功があり、室町幕府の管領になるが、後、足利義満が権力を確立するため、追い出された。題は、『海南行』である。

  人生五十功無きを愧ず

  花木春過ぎて夏すでに中(なかば)なり

  満室の蒼蠅(そうよう)掃(はら)えども去り難し

  起(たっ)て禅榻(ぜんとう)を尋ねて清風に臥せん

現代訳すれば、次のようになるのだろうか。

まず「人生五十功無きを愧ず」は、私の人生、五十年は、大した功績も無く、大変恥ずかしいことだ。しかし、尊氏の頃には、功をあげているのだから、これは事実とは異なる。すなわち、彼は、その後のことを詠っている。尊氏に仕えた頃より状況が変化し、お坊ちゃまの足利義満は、私の過去の軍功など評価してくれない、というようなニュアンスが感じられる。

「花木春過ぎて夏すでに中(なかば)なり」は、花咲く春も過ぎ、もう夏の半ばだ。私の人生の最盛期は終わろうとしている、という感じを表現している。

「満室の蒼蠅(そうよう)掃(はら)えども去り難し」は、部屋の中を蠅がうるさく飛んでいて、追い払っても追い払っても、向こうに行かないという意。これの裏の意味は、私を蹴落とそうとする勢力が何かと讒言が続き、うんざりだという感じか。

「起(たっ)て禅榻(ぜんとう)を尋ねて清風に臥せん」は、もう世間の煩わしさが嫌になったので、ここを立ち去り、禅門に入り、清らかな風の中で遊ぼうと思う。実際、彼は後、屋敷を打ち払い、讃岐に移り、出家している。どろどろした世の中が嫌になったのだろう。禅榻とは、禅門の椅子のこと。

人生、自分の思い通りにはならぬもの。うまくいくのも人生、うまくいかないのも人生。人によって、いろんな組み合わせがあるのだろう。そういうと、昔、一緒に働いていたお爺さんが、朝起きて、生きていて、深呼吸して、空気が美味しいだけで、こんなに嬉しいことはない、とよく言っていた。楽しいとか、楽しくないとかは、一時的なこと。生きているだけで、感謝しなければならないのかもしれない。

*参考

信長が愛した、幸若舞『敦盛』の一節は、次のようなものである。流風が初めて接したのは、子供の頃のテレビドラマ『信長』だった。父に意味を聞いても、よくわからなかった。いずれ大人になればわかる、と父に言われたことを思い出す。そして、今、しみじみと思う。そういうことがわかる年齢になったと。

  思えばこの世は常の住み家にあらず

  草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

  金谷に花を詠じ、栄花は先立つて無常の風に誘はるる

  南楼の月を弄ぶ輩も、月に先立つて有為の雲にかくれり

  人間五十年、下天(正式には、化天)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

  一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

  これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ

| | コメント (0)

2008年6月12日 (木)

先例と自案

先例主義というのは、役人の専売特許らしい。過去の実績に基づいて、これからを判断する。法治主義の国家としては、それが一番やりやすい。そういうことで、役人のやることは、世の中の後追いになりがちだ。先例に基づいてやっておれば、失敗も少ないし、自分の地位保全もうまくいくという判断だろう。

だが、そればかりやっていると、世の中がよくならない。問題が起こってから改善していては、手遅れということもある。そうならないようにするためには、世の中を読み取る努力が求められる。それは簡単ではないというかもしれないが、あるポイントを定めて、定点観測していると、微妙な変化は読み取れるものだ。

役人にも、マーケティング意識が求められる。そして、自ら課題を設定して、解決策を探る努力が求められる。それが自案と言われるものだ。それは、佐藤一斎の『重職心得箇条』の第四にも見える。

「先格古例に二つあり、家法の例格あり、まず今この事を処するに、斯様あるべしと自案を付け、時宜を考えて然る後、例格を検し、今日に引き合わすべし。

仕癖の例格にても、其通りにし、時宜に叶わざる事は拘泥すべからず。自案と云うもの無しに、まず例格より入るは、当今役人の通弊なり。」

これは何を言おうとしているかと言えば、要するに、事例に当たる前に、自分の考えをまずまとめて案にせよ、ということ。過去のデータを調べて、それから考えるのは、役人のみならず、彼らの審議員になる学者にも言える。そう考えれば、学者を審議員にしてはいけないということになる。学者に相談する前に、自分の頭で考えることが求められる。

この事は、企業の事業企画する担当者にも求められることだ。やたら調査して、情報を収集するが、結局、大量の情報が行き交い、混乱して、何もわからなくなる。そんなことなら、自分の感性を信じて、まず仮説を設定して、自論を展開すべきだろう。そのため、いろいろ頭を打つだろうが、そういうことは、必ず身に付くというものだ。今一度、一斎の言を確認してみたいものだ。

| | コメント (0)

2008年6月11日 (水)

元田永孚の漢詩『中庸』

今回取り上げる、漢詩『中庸』は、元田永孚(もとだえいふ。ながざね、とも言う)によるものだ。元田永孚は朱子学者であり、強烈な保守主義者で、儒教主義者だった。明治天皇の信頼が厚かったという。最終的には明治政府の枢密顧問官になり、後に教育勅語の起草に参加している。

以下に示す詩の内容は、若い人に対する指針を示し、以前ブログで取り上げた、木戸孝允『偶成』と重なるものがある。いつものように、現代的に解釈してみよう。

  勇力の男兒(だんじ)は勇力に斃(たお)れ

  文明の才子は文明に酔う

  君に勧む須く中庸を択んで去(ゆく)べし

    天下の萬機(ばんき)は一誠に帰す

まず、「勇力の男兒(だんじ)は勇力に斃(たお)れ」は、武勇に優れ、腕力に頼る者は、それがために、命を落とす。今でも、病気一つしたことない頑健な人が、過信して、ぽっくり逝くことがある。また戦いでも同様のことが言える。強すぎると、却って、敗れたりする。孫子でも、勝ちすぎは戒めている。

次に、「文明の才子は文明に酔う」は、同様に、他者に先んじて文明の才を誇る者も、才に酔ってしまって、世の中に貢献しないで、むしろ害になったりする。新しい知識を十分自分のものとせず、世の中に無理やり取り入れようとすれば、齟齬をきたして、世の中を混乱させる。世の中の仕組みをよく知って、新しい知識を活用すべきで、新しい知識があるからと言って、人々を見下げて、何が何でも、導入しようとするのは、驕りそのもので、社会に毒になる。

「君に勧む須く中庸を択んで去(ゆく)べし」は、君たちには、そういうことがないように、バランスの取れた中庸の道を進むことを勧めたい。

最後の「天下の萬機(ばんき)は一誠に帰す」は、天下、すなわち世の中の全ての事柄は、人柄を誠実に、他者には親切にして、欺かないことが大切なのだ。人間社会は、人と人が関わっているということを忘れてはならない。

全体を通して見ると、次のように言っているのかもしれない。この世の中は、普通の人が大半なのだ。そういう人たちが社会を形成している限り、極端な発想や行動は慎みたい。つまり自分に対する信頼と自信は必要だが、過信せずに、多くの人に支えられていることを忘れず、対話と協調の精神に基づき、誠実で謙虚に生きなさい、と。

| | コメント (0)

2008年6月10日 (火)

五箇条のご誓文 その二

五箇条のご誓文の一番の文言は、よく知られているように、次の通りだ。

       「広く会議を興し万機公論に決すべし」

これが作られた当時、会議と言っても、一般民衆は含まれておらず、単に一部権力者の列席する会議でのルール作りに過ぎない。それでも、「会議の開設」とか「(狭い範囲だが)公開討論」を打ち出したのは評価できる。そして、それ以後、その範囲は広く解釈され、自由民権論者の主張を取り入れ、民選議会の根拠になったという。

ただ、こういうことは、このように成文化される前から、日本では、されており、別に新しいことではない。成文化したことに意味があるのだ。そして、それは日本独特の決め方と言える。往々にして、意思決定が遅いと言われるのは、そういうことが影響している。

しかし、一旦決定してから行動する時は、衆議一決しているから、それは怒涛のような進捗状況になりがちだった。ところが、最近は、そういうことが必ずしも十分ではなく、実行するか、その一歩手前で、諸問題が噴出して、物事が停滞する事例が多い。この五箇条のご誓文が軽く見られているのではないか。

ここは、もう一度、日本文化に立ち戻って、このご誓文の精神に基づき、決定にもっていくことが望まれる。もちろん、それは現代的にスピードアップしていく必要は感じるが。

*注意

このブログでは、「その一」「その二」などと記していますが、五箇条のご誓文の順番を意味していませんので、宜しくお願いします。

| | コメント (0)

2008年6月 9日 (月)

人のことがわからないということ

相手のことがわからないということで悩む人がいる。

しかし、どんなに努力しても、わからないのが当たり前だ。

わからない方が“生体分離“(*注)して、相手に入り込むなんてことは望まない。

それは相手を殺すことに等しい。相手の存在を認めないことに等しい。

わかろうとしても、最終的にはわからないと思ったほうがいい。

社会が、そういう人の集まりだと思えば、平常心でいられるだろう。

*注

“生体分離“とは、実際にそうすることではなく、精神的な意味を言っている。どんなに愛する人とも、一体にはなれないことを指す。「心身分離」と言った方が適切かもしれない。

*追記

逆に、自分を理解してもらうとしても、限界があることをわかっておく必要がある。だから、わかってもらう努力を怠ってはならない。何もせず、わかってもらえるなど、そんな虫のいい話はない。それは、親、恋人、パートナーであっても同様だ。

| | コメント (0)

2008年6月 8日 (日)

老老医療へ

後期高齢者医療制度について、なかなか論議がまとまらない。しかし、あまりにも不平を言う人が多すぎるように思う。確かに、前にも触れたように、この制度の周知徹底が不十分だったのは国の責任だろう。

だが、私達は、いずれ皆死ぬ。皆が皆、ぽっくり死ねればいいが、多くは、最終段階で医療機関のお世話になる。その時のために、何か手を打たなければならない。それは個人で経済的に準備するのか、保険をかけて準備するのか、ということになる。

ところが、残念ながら、今まで、国民は皆若いと思って生きてきたのだろう。高齢者がこんなにたくさん世の中に出るようになって、慌てたのが国という感じだ。それで、この制度を慌てて作ったが、仏作って魂入らず。

そして、病気の多くなる後期高齢者で、自分の保険をかけることは矛盾しているという見方もあながち否定できない。個人差はあるものの、後期高齢者の方が病気に罹るリスクは大きい。今のために保険をかけるのはおかしいかもしれない。

| | コメント (0)

贈賄を厳しく罰する法律を

現在、官僚に対するタクシー接待疑惑で騒いでいるが、今に始まったことではないだろう。始めは小さいことから始まったのだろうが、段々、規模が拡大したのだろう。それはタクシー会社の競争激化が背景にあることは間違いなかろう。

民間企業でも、同様なことが行われると思うが、官庁ほどには厳しく見られていないかもしれない。企業によっては倫理規範が確立している所もあるが、全体としては十分ではないだろう。但し、交際費の税金がらみでコスト負担しなければならないので、軽率な行動はできないはずだ。

ただ、この問題の根本は、官僚の残業が多いことだろう。この異常さを解消しないと、単に官僚批判しても仕方ない。疲れ切った状態でタクシーに乗り込めば、正常な意識も働かない場合もあるだろう。異常な残業という元を断たなくては、将来も起こりうる問題である。

次に、官僚への贈賄は無くす事が求められる。贈賄側は、今回の問題に限らず、官僚の家族まで巻き込んで、あの手この手で贈賄してくる。現在のまま放置すれば、いずれ違う形で贈収賄は起こりうる。これをなくすには、収賄を厳しく取り締まるのではなくて、元の贈賄を厳しく取り締まる必要がある。基本的には、贈賄無くして、収賄はありえない。

確かに、官僚側から業者に賄賂を要求するということがないとも言えない。その場合は、警察に逮捕された段階で、懲戒免職を下すことを法律的に作ることが求められる。しかしながら、まず贈賄を断つための厳しい罰則法律が求められる。

*追記

但し、官僚の脇の甘さも問題であることは当然否定しない。倫理規定を再度確認することは求められる。これは管理者責任でもある。

| | コメント (0)

2008年6月 7日 (土)

海外ドラマ『還珠姫』を視聴して

日本のテレビドラマが面白くないのは、あまりにも現実的で夢がないからだろう。内容も、サスペンスは当然としても、深刻な内容のものが多い。また正反対に、くだらなくて、馬鹿番組も多い。流風は、視聴した後で、両方ともストレスが残るので、そのどちらにも興味はない。気分転換できる、もっと明るく健康的な番組はないものか。

昔は、大河ドラマも含めて、それなりに面白いものもあったのに、最近はどうしたことか。制作者のレベルが落ちたのか。感性の問題なのか。あるいはマーケティング不足か。デジタル化された後のテレビ業界を考えると、ぞっとする。彼らに危機感はないのか。

そんなこんなで、韓国等の海外ドラマがもてはやされるのは、そういう面があるだろう。当初、おばさんたちが韓国ドラマに夢中になるのは理解できなかったが、いくつか見ごたえのあるものもある。かつて母が韓国ドラマ『ホジュン』に夢中になっていたのもわかるような気がする。

特に歴史物は、異文化に触れて、他国の雰囲気が味わえて本当に面白い。歴史的事実の上に、テーマを絡めて、シナリオが創作されている。確かに、内容に関しては、本当は、裏の検証をしなければならないのだろうが、海外ドラマの内容は単純に楽しんでもいいだろう。

そして、その展開は活きのいいテンポがあり、抑揚感の感じられるドラマに仕上がっている。だから、日本の昔の時代劇さながら、活劇が随所に出てくるものもある(韓国ドラマ『海神(ヘシン)』など)。日本も、かつては、忍者物、隠密物など、活劇がもてはやされた時期があったが、テレビでは、最近見られないのは残念だ。全体的に、時代劇なのに、のほほん系のドラマ作りが多く楽しめない。

そういうことで、最近たまたま見つけた海外ドラマでは、『還珠姫(原題・還珠格格)』がある。流風にしては珍しくビデオに撮って観ている(サンテレビ)のだが、気楽で面白い。日本で言えば、今年の正月にやっていた『あんみつ姫』のような感じ。まあ、子供向けのドラマで、あほらしい内容と言えばそうだが、大人でも気楽に楽しめる。

台湾・中国合作だそうだが、中国全土で人気を博したようだ。あらすじは、乾隆帝が若い頃愛した民間の女性の娘(ツー・ウェイ)が、母が亡くなる直前に真実を明かされて、父を尋ねて北京にやってくる。しかし、父に会う術はなく、途方にくれていると、義侠まがいのことをしているシャオウェンズという娘に出会う。

シャオウェンツは、困っているツー・ウェイを見過ごすことができず、彼女と義姉妹の契りを結ぶということから始まる。後は、いろいろあって、シォオウェンズが、宮廷にもぐりこみ、皇帝の勘違いから、彼女を自分の娘と勘違いし、姫として遇する。そこから、シャオアェンズや周囲の人間を巻き込んで大騒ぎ。さらに、・・・。まあ、あらすじはこの程度にしておこう。

この番組は、残念ながら朝の11時に放送しているので、録画するしかない。多分のこの内容だったら、夕方の子供の時間に放送しても、そこそこの視聴率を稼げると思う。つまらない日本の番組よりはるかに面白いはずだ。放送局は、感性の近いアジアのドラマを探してきて、放送する方が、いいかもしれない。それにしても、日本のドラマ制作も、もっと頑張ってもらいたいものだ。

*平成20年6月11日追記

『還珠姫』の題の意味は何を意味するのだろうか。原作も翻訳本も読んでいないので、著者には失礼と思ったが、中国語などまったくわからない流風なりの独断の解釈を示してみた。そういうことで間違った解釈かもしれない。

まず「還」は帰って来たという意味だろうか。「珠」は真珠の意味だろう。真珠は、アコヤ貝が玉を入れられて、苦痛のあまり流す涙が珠に変えると云われてきた。人間も苦労して、人の痛みがわかって珠になる。

これは、本当は乾隆帝の落とし種のツーウェイが、『還珠姫』になるところを、彼が勘違いして、シャオウェンズを苦労の上返って来た姫と思い、命名したのだろう。苦労したというのは、皇帝が愛した女性が苦労して娘を育てたという意味と、娘が北京への上京での苦労を重ね合わせているように感じられる。

もう一つの解釈は、話の展開から、「珠」を返した姫という理解だ。つまりシャオウェンズを指す。珠とはツーウェイのことを指す。シャオウェンズは、本当は「姫」ではないが、ツーウェイを宮廷に導いたという意味て、その功労者。その彼女が、本当の皇帝の娘という立場を返す筋立てが想像できる。さあ、どのように物語が展開するのか楽しみだ。

*  追記

念のために記すと、このドラマの内容は、かなり創作が入っており、歴史的事実とは言えないかもしれない。日本で言えば、水戸黄門みたいなものだ。つまり、『あんみつ姫』プラス『水戸黄門』、そして『大奥』も加えたものと言えようか。

また、ツー・ウェイが歌う歌詞の翻訳がないので、その辺がちょっと残念。前後の会話からあて推量で視るのも悪くはないが。訳をつけて欲しいなあ。

* 参考

『還珠姫』は、DVDでも発売されているようだ。ただ現在放送されている第一部(台湾で制作)は評判がいいが、続編の第二部、第三部はあまり宜しくない。また原作は第一部のみで、人気があったので、ついつい続編を作ったのだろうが、シナリオがいい加減だったのだろう。日本でも、よくあることだ。ちなみに第一部は24話である。

*平成20年6月24日追記

『還珠姫』の放送が本日で終了。全体としての感想は、娯楽時代劇としては、秀逸のものだと思う。もちろん、描き方が荒っぽい所も随所に見られたが、それは裏を返せば、話のテンポがいいということ。

また、ツー・ウェイは、あまりにも出来過ぎた人物として描かれているのも、少し無理がある感じもあった。ただ、それも、子供たちに、あるべき姿を描いているとすれば、許される。

それに大人が視ても、いろいろ考えさせられることもある。しかし、それもあまり深刻にならないように描いていないのが、いいのかもしれない。久しぶりに楽しい時間を過ごせたことに対して、サンテレビに感謝したい。

| | コメント (0)

2008年6月 6日 (金)

灘五郷散策

神戸の灘といえば、お酒の産地でもある。ワイン・ロードならぬ酒ロードを歩くと、お酒のいい匂いがする酒蔵が並んでいる。独特の街並みだ。確かに震災で被災し、古い建物は少なくなったが、それでも、ここは酒蔵だという雰囲気を持っている。

お酒の方は、ほとんど駄目な口だが、この雰囲気はいい。時々、沿線を散歩する。何かキャンペーンをしている時は、多くの人々がぞろぞろ歩いている。皆、楽しそうだ。各所で試飲もできるしねえ。

ところで、西宮から神戸にかけての酒の生産地を灘五郷という。だから、神戸市だけではない。その灘五郷とは、今津郷、西宮郷、東郷、中郷、西郷を五箇所を指す。これらの地区での酒の醸造は、室町時代の中頃から始まったとされる。海運業が発達した江戸時代には、「灘の生一本」として、江戸に大半が送られた。念のため、地域を示すと、次のようになる。海側を走っている阪神沿線に近い。

  今津郷 :今津、鳴尾、西宮浜新田

    西宮郷 :西宮

  東郷  :深江、青木、魚崎、住吉

  中郷  :御影、石屋川、東明、八幡

  西郷  :新在家、大石、岩屋、味泥

これらの地区で、酒の醸造が栄えた理由は、いわゆる酒に適した「宮水」の発見が指摘される。淡水と海水の境目にある水が、酒に適した水質になっているという。

市内の某所では、「宮水」を有料で販売しているが、確かに美味しい。多くの人は、珈琲用に水を買いに行っているようだ。珈琲店なども、宮水使用としてアピールしている。流風は、よくわからないが、皆さん、美味しいといって、評判はいいようだ。

次に、指摘される要因としては、良質の酒米の入手が容易だったことがある。摂津や播州は米どころだし、大阪に近く、各地の米も選択して入手できたことも大きい。現在でも、県下の酒米専門の農家から「山田錦」などを入手している。結果的に、この地区のお酒は、本来辛口と言われているようだが、山田錦を使った純米酒は、まるでワインのようになめらかだ。

さらに米の加工技術が向上し、量産できるようになったことが指摘される。現代的に言えば技術革新が起こったのだ。それは主として水車の稼動だったという。いつの時代も、技術革新があると、産業が飛躍的に拡大する。お酒もそのようだった。

そんなことにいろいろ思いをはせながら、久しぶりに酒蔵でお酒でも買うとしようか。せいぜい720ミリリットルのビン入りで、なかなかなくならないのだが(笑)。

*参考文献

『灘区の歴史』(灘区市役所まちづくり推進課)

| | コメント (0)

2008年6月 5日 (木)

五箇条のご誓文 その一

父が、よく兄弟でもめると、五箇条のご誓文(*注)をそらで言って、度々私達をたしなめた。特に、「広く会議を興し万機公論に決すべし」は何回も聞かされた。この誓文自体は、明治天皇が、国是を神に誓い、臣下たちも、これを守るという誓詞を天皇に差し出したことから、そのように言っている。

由利公正(三岡八郎)による草案がベースになっているが、ご誓文の内容は、ところどころ違っている。まず、由利の私案を見ると、次のようになっている。横井小楠の影響が大きいと云う。

  一、庶民志を遂げ、人心をして倦まざらしむるを欲す。

  一、士民心を一にし、盛んに経綸を行うを要す。

  一、知識を世界に求め、広く皇基を振基を振起すべし。

  一、貢士期限を以って賢才に譲るべし。

  一、万機公論に決し、私に論ずるなかれ。

基本的に、彼の考える国家像は、書いている順番から見ると、冒頭に挙げているように、まず庶民を中心に考えていた。その上で、経済振興の重要性、知識の獲得、人材育成・後進の育成、民主的議論による運営を挙げている。しかし、この私案を福岡孝弟が順番を入れ替え、木戸孝允が修正するに及んで、由利の意図は大きく変わってしまったと云われる。

すなわち、庶民を中心とする国家運営から、王政復古を名目に権力を握ろうとした人々の思惑が見え隠れすると指摘する人々もいる。それは何とも言えない。見方により、そのように見ようとすれば見えるが、どういう思惑が当時の人々にあったのかは、今となっては不明だ。

次に、その五箇条のご誓文は次の通りだ。

  一、広く会議を興し万機公論に決すべし。

  一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。

  一、官武一途庶民に至るまで、各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す。

  一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。

  一、知識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。

以上の様に見ていくと、確かに、由利公正と木戸孝允では、描く国家像が違うことが明らかだ。由利が、現実的改革を主張しているのに対して、木戸は新しい国家の精神論をベースにしている。これは聖徳太子の十七条の憲法の精神に通ずるものがある。

だから、どちらが良いとか悪いとかは論評は避けたい。ただ由利の主張は、木戸の考えの後に具体的実践の理念として来るものかもしれない(しかしながら、由利が草案を作らなかったら、このご誓文は生まれなかったかもしれない)。

それはそれとして、五箇条のご誓文も、現代的に解釈すれば、それはそれなりに意味を持つ。学校時代に習った、その内容を、次回以降、改めて現在の視点から1箇条ごとに見ていこうと思う。

*注

正式には、『御誓文』らしい。ただそれではわかりにくいので、『五箇条の御誓文』で流布している。さらに、ここでは、「五箇条のご誓文」としておく。

| | コメント (0)

2008年6月 4日 (水)

物価高と生活のリストラ

石油価格や食糧価格が異常に上がり続けている。これはちょうど石油ショックの時代の頃のような雰囲気だ。そして、異常な低金利のままだ。

これから何が起こるかわからないが、危険なエネルギーが蓄積されつつあることにはかわりない。庶民としては、どう対応するか。特に指針と言えるものはないが、生活のリストラも含めて一通りのことは考えてみよう。

まず、言えるのは、バタバタしないこと。いつものようにマスコミは騒ぎすぎる。醒めた視線が必要だ。バターがないなどと大騒ぎしているが、これは石油ショック時のトイレットペーパー騒ぎと似たようなものだ。いつか解消される性格のものだ。だから慌てず騒がず対応するのが一番いい。いずれ市場にものが溢れることだろう。但し、価格は以前のままではないかもしれない。

卵の価格も異常に上がっているようだ。飼料関係の価格上昇が影響しているようだ。しかし、私は、従来、そんなに安いものは買わないし、毎日食するわけでもないので、大した影響はない。今まで、安すぎる卵が多すぎたのだ。安全な飼料が使われているとすれば、長年、上がらなかったのは、不自然というしかない。

小麦の価格が上昇して、パンや麺類などの価格アップが続いている。これを解消するのは、国内産が少なすぎるので、当面難しい。国内産の増産といっても、そんなに簡単ではなかろう。米粉の利用がどれくらい増やせるかがキーだ。当面、米粉を利用した食品の利用が望ましい。販売者に米粉利用指定をするのもいいかもしれない。ただし、それは国内産であるのか、監視が求められる。

漁業も不振のようだ。ガソリン価格の高騰は、産業活動を確かに萎縮させる。それによって一部の魚の価格は異常に上がるだろう。そして、それは更に魚離れを加速させるかもしれない。しかし、よく考えれば、遠海で獲る高い魚ばかりが魚ではないだろう。近海魚で美味しいものも多くある。魚の見直しをするいい機会だ。

また車の運転も控えられることは結果的には望ましい。日本のような狭い国土で、自動車が明らかに多すぎる。カーライフを見直しするいい機会だ。車を所有することは、金食い虫だと知るべきだ。この際、思い切って手放すのもいいかもしれない。明らかに資源の浪費をしているのだから、そういう意味では、ガソリン価格は高いままでもいいかも。

しかし、産業車両の運営コストが上がれば、生活物資のインフレは必至だ。その点からは、あまりガソリンの価格が上がりすぎると、国民生活を不安定に追い込む原因になりかねない。また郵便が電気自動車の導入をするそうだが、全産業でそういう取り組みは求められる。やはりガソリンを使わない自動車の利用促進は望まれる。

そして、多くの人に言えるのは、生活のリストラ(再構築)だろう。バブル崩壊して相当の日時が経ったが、未だバブルのままの意識の人々がいる。生活が苦しいという人も様々で、本当にぎりぎりの生活をして苦しい人たちがいる一方で、所得の割りに贅沢な生活をしている人々もいるのだ。それは、金食い虫の車を所有したり、携帯電話を所有して無駄遣いしている。それに子供たちに意味のない塾通いさせている人たちを指す。そういう生活を正すよい機会だ。

結論的には、物価高には、最初に書いたように、バダバタしないことだろう。しばらく様子を見ても遅くない。バターや卵がなくなっても、生活には支障はない。ただ万一の食糧危機への備えとして、国内産のお米を積極的に食べることは求められる。そうすることが、結局、自らの身を守ることになるのだろう。

他方、生活様式の見直しは求められる。生活のリストラは、今まで常識と思っていたことを切り捨て、生活を組みなおすことだ。最後に、兵庫県の昔の篤農家の話を記しておこう。

「始末はその家々で致しようがあるもの、とかく、しわんぼう(吝坊。*注)にならぬ致し方がよろし」

*注

しわんぼう(吝坊)について、広辞苑には、「しわいひと、けちん坊、しみったれ」とある。しかし、単にケチとは違う。ケチな人は日頃は始末して、必要な時には使うが、しわい人は、吝嗇で、必要な時にも使わない人を指す。広辞苑の解釈に若干疑問が残る。

| | コメント (0)

2008年6月 3日 (火)

挽歌って?

挽歌なんて言うと、中高年には、原田康子の小説『挽歌』とか、チャールズ・ブロンソンとジル・アイランドが主演の『狼の挽歌(当然ながら、邦題で、原題の意味は異なるが)』、あるいは、石原ミレイが歌った『石狩挽歌』が思い出されるかもしれない。いずれも、クラ~イ内容だった。当時、言葉の意味も深く詮索せずに、これらの作品と接していた。

『挽歌』は障害をもった主人公の独特の複雑な心理と、主人公の女性が、ある男の妻が若い学生と逢引しているのを見たところから始まる、ドロドロとした心理戦を描いており、男が読むには、ちょっと辛い読み物だ。男には描けないね。そういうと、当時、「コキュ」なんて言葉も始めて知った。

『狼の挽歌』は、当時、あのひげ面のブロンソンが、男ぽい風貌で人気があり、次々とシリーズものを出していた中の一つだ。闇の世界と警察、そして悪徳弁護士のドロドロを描いており、そこに女に裏切られた主人公のやり場のなさを描いている。

『石狩挽歌』は、なかにし礼作詞、浜啓介作曲だ。詞の内容は、なかにし礼の経験に基づくと言われる。戦後、小樽に引き上げた、なかにしの兄は、ニシン漁で一儲けしようとするが、深入りして失敗。一家は離散する。それで、兄に対する憾み、辛みを歌ったものだとも言えるし、絶縁した兄に対する鎮魂歌とも言われている。これも暗い内容だけれども、比較的好きな歌だ。

このように挽歌は、暗い内容のものが多い。それもそのはずで、挽歌の「挽」は、死を悼む言葉(詞)だからだ。いわれは次のようなものである。

田横の門人が田横の悲劇(*参考1参照)について二つの喪歌を作った。題名は「薤露(薤とはニラのことで、ニラの上の露は乾き易い。すなわち、人の命のはかなさを意味する)」、「蒿里(蒿とはヨモギのことで、地名)。人が死ぬと、その魂がここに来るとされ、転じて墓地の意味だ)」(*参考2参照)というものだった。

後年、漢の武帝の時代、楽人の李延年が、二つの喪歌に曲をつけて、前者を公卿貴人に、後者を士夫庶人を送葬するのに、柩を引く者に歌わせたことによる。柩とは霊柩車だ。

当時、言葉の意味も知らずに、小説を読んだり(*注)、映画を観たり、演歌を聴いていた私が、少し恥ずかしく思えてくる。日常、言葉の意味を知らないで、使ったり、話したりしていることがある。改めて、言葉の意味の大切さを確認する。

*注

原田康子の小説『挽歌』については、当時、母親から何回もあらすじを聞かされたが、あまり好きな内容でなかったので読まなかった。そして、未だ読んでいない。母に限らず、女性は、こういうドロドロ話が好きだねえ。憧れるのだろうか。当事者になると大変だろうけれど。

*参考1 田横の悲劇

『述懐』でも取り上げた、調略を得意とする酈食其(れいいき)が、ちょうど、和睦使の説客として斉の田横を訪れており、劉邦と和睦が成立した。しかし、そこに韓信が急襲し、怒った田横は酈食其を煮殺してしまう。韓信が急襲したのは、酈食其との功名争いに負けると思ったからだ。いつの時代にも、こういう困った人はいる。

高祖が即位すると、田横は殺されるのを恐れて部下と共に逃亡する。高祖は、後々のことを考えて、彼を許すのであるが、高祖に仕えることを恥じ、首を自ら刎ねて死に、高祖に首を届けた客人も田横の墓の傍で殉死する。さらに逃亡していた部下、約五百人も、田横の節を慕って、悉く殉死したという壮絶な話だ。田横も相当な人物であったことが窺える。

*参考2

    薤露歌     http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r85.htm

         蒿里曲     http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/gushi03.htm

| | コメント (0)

2008年6月 2日 (月)

親の顔が見たい

よく親の顔が見たいと、本人の不出来を糾す場合がある。裏には、親からどんな教育を受けたのかと詰(なじ)る意味合いがある。でも、大体、そのようなことを言う人自体、問題が多い場合もある。

まあ、それはそれとして、若い人は、素直に受け止めて反省した方がいいかもしれない。これらは全て、文化の違いから来る。人間、通過してきた環境が違えば、日本人同士であっても、その文化は、細かい所では、異なってくる。一定の組織文化に馴染むには、努力も必要だ。親の顔が見たいと言われても、悪意に受け取らないことだ(*注)。

ところで、、女性を見極める時に、相手の女性の母親を見ろ、とアドバイスされる。いずれ娘は、その母親そっくりになるからだ。体型はもちろん、その仕草から話し方まで、その年齢になると、そっくりになることは、実証済みだ。

若い時は、番茶も出花で、悪い所は隠れて見えるし、欠点を隠しているから、わかりにくいが、歳が行くにつれて、母親と似てくる。それがわかっているのだから、本格的に付き合う前に、まず相手の女性の母親を見よ、と昔から言われてきた。女性の将来の形が予見できるのだから、会ってから判断しても、遅くないのだ。

それでは、男の場合はどうだろうか。あまり、その父親を見よとは言わない。父親がよくて、その息子が、そのままになるかというと、必ずしもそうでないことが多い。男は環境に影響されやすい。友人関係、職場環境、家族関係、親子関係などの関係性をチェックするのが、その男の値打ちを見破るヒントになるだろう。関係の持ち方は、いずれパートナーにも、同じ様に関わってくるからだ。

*注

但し、一定の期間を過ぎて、そのようなことを言われるとすると、それは組織行動において、やや問題があるかもしれない。もちろん、組織自体に問題のある場合もあるのだが。

| | コメント (0)

2008年6月 1日 (日)

卵を一つの篭に盛るな

株式相場の格言に、「卵を一つの篭に盛るな」というものがある。なるほど、そう言われればそうだ。一つの銘柄に集中して投資することは、当たれば大きいが、はずれた時の損害も、これまた大きい。

そういうと、定年退職者が、貯蓄から投資の時代という、キャンペーンに乗せられて、株式投資や投資信託にして、大きな損害を受けたという話もよく聞く。投資の常識がわかっていない方には、投資はあまりにもリスキーだろう。しかし、いくら自己責任とはいえ、国が旗振りした責任は重い。

また、最近しつこいぐらいに電気工事会社やリフォーム業者が、「オール電化」をアピールしているが、これも危い。電気が止められたら、生活はストップしてしまうではないか。国から補助金が出るそうだが、おかしなことだ。まして、電力会社は電力料金を大幅に上げるということだ。握るものを握ってしまえば、企業努力なんて、どこ吹く風。確かに原油価格の上昇はわかるが、それに対する努力も足りないのも事実。

よく昔の中小企業経営者は、「国や銀行の言う通りしていたら、ビジネスは成り立たない」と言っていたが、最近、生活者の視点でも、別の面で痛感する。年金にしても、健康保険にしても、十分な配慮がなされてこなかった。もちろん、いい目に合った方もいるにはいるが、時代の変化対応に国や金融機関が鈍い感じがするのは流風だけではないだろう。

国を信用するなとは言わないが、一応、一つ一つ疑った上で、自分なりの判断を下していくことが各人に求められる。お上に任せれば大丈夫と思う時代は、残念ながら、終わっているのだろう。深い配慮が出来る為政者や役人がいなくなったことを残念に思う。と同時に、各個人が、生活の自己設計をしっかりする必要があるとつくづく感じる。

| | コメント (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »