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2008年6月 9日 (月)

人のことがわからないということ

相手のことがわからないということで悩む人がいる。

しかし、どんなに努力しても、わからないのが当たり前だ。

わからない方が“生体分離“(*注)して、相手に入り込むなんてことは望まない。

それは相手を殺すことに等しい。相手の存在を認めないことに等しい。

わかろうとしても、最終的にはわからないと思ったほうがいい。

社会が、そういう人の集まりだと思えば、平常心でいられるだろう。

*注

“生体分離“とは、実際にそうすることではなく、精神的な意味を言っている。どんなに愛する人とも、一体にはなれないことを指す。「心身分離」と言った方が適切かもしれない。

*追記

逆に、自分を理解してもらうとしても、限界があることをわかっておく必要がある。だから、わかってもらう努力を怠ってはならない。何もせず、わかってもらえるなど、そんな虫のいい話はない。それは、親、恋人、パートナーであっても同様だ。

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