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2008年6月17日 (火)

自然界のガス抜き

岩手・宮城内陸大地震で大変なことになっている。残念ながら、今回、被害に遭われた方々には、ご冥福をお祈りし、またお見舞い申し上げる。四川の大地震同様、亡くなられた方々は、一瞬のことで、逃げようがなかったと察することができる。

地震の規模は、阪神・淡路大震災と同程度だそうだが、映像で見る限り、自然の破壊力に関しては、あの被害を超えている。都市型地震と山間部地震の違いかもしれない。あの山が崩れ、がけ崩れが起こっているのは、自然界の怒りのように見える。

さらに活断層が指摘されていなかったことも驚きだ。最早、日本で安全な地域などないのかもしれない。すなわち過去のデータだけでは、この自然の大災害を予測するのは不可能なのかもしれない。

昔、ある住宅関係の人に、人間は、完全な震災対策は不可能なのだから、震災後の処置が大切と言った覚えがある。その人は否定的だったが、どうも私の意見が正しかったように思う。残念ながら、自然に勝つことは難しい。

結局、災害に遭った後、皆で援け合って、回復を目指すしかない。そのような備えが一番大切なことではなかろうか。そういう意味では、今回、政府も地方も、対応は早かった。過去の学習が活きている事は唯一の救いだ。

さて、あらゆる組織において、時々ガス抜きが求められる。組織として、仕事は一応順調に進んでいても、少しずつ、組織の歪が生じている。すなわち仕事への不安や不満が蓄積されて、組織ストレスになるのだ。

そういうことで、優れた管理者は、適度にガス抜きを行う。それは自由討論の開催だったり、フリートークできる会議だったりする。さらには、ちょっと一杯ということで、本音を引き出したりして、適度に不満を発散させている。そういう組織は、比較的うまく行く場合が多い。

逆に、数値ばかり追いかけて、管理強化ばかりする管理者のいる組織は、組織ストレスが大きくなり、ある日突然、所員の不満が爆発して、組織全体が嫌な雰囲気になり、仕事が停滞する例は、過去にも多く見られた。

それが自然界でも同様のことが言えるだろう。地震学者に考えてもらいたいのは、過去のデータの分析や地震の予知だけでなく、地震エネルギーを如何に分散させるかという発想だろう。エネルギー溜め込まないようにするには、一体どうすればいいのか。そういう研究を是非してもらいたいものだ。

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