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2008年6月 5日 (木)

五箇条のご誓文 その一

父が、よく兄弟でもめると、五箇条のご誓文(*注)をそらで言って、度々私達をたしなめた。特に、「広く会議を興し万機公論に決すべし」は何回も聞かされた。この誓文自体は、明治天皇が、国是を神に誓い、臣下たちも、これを守るという誓詞を天皇に差し出したことから、そのように言っている。

由利公正(三岡八郎)による草案がベースになっているが、ご誓文の内容は、ところどころ違っている。まず、由利の私案を見ると、次のようになっている。横井小楠の影響が大きいと云う。

  一、庶民志を遂げ、人心をして倦まざらしむるを欲す。

  一、士民心を一にし、盛んに経綸を行うを要す。

  一、知識を世界に求め、広く皇基を振基を振起すべし。

  一、貢士期限を以って賢才に譲るべし。

  一、万機公論に決し、私に論ずるなかれ。

基本的に、彼の考える国家像は、書いている順番から見ると、冒頭に挙げているように、まず庶民を中心に考えていた。その上で、経済振興の重要性、知識の獲得、人材育成・後進の育成、民主的議論による運営を挙げている。しかし、この私案を福岡孝弟が順番を入れ替え、木戸孝允が修正するに及んで、由利の意図は大きく変わってしまったと云われる。

すなわち、庶民を中心とする国家運営から、王政復古を名目に権力を握ろうとした人々の思惑が見え隠れすると指摘する人々もいる。それは何とも言えない。見方により、そのように見ようとすれば見えるが、どういう思惑が当時の人々にあったのかは、今となっては不明だ。

次に、その五箇条のご誓文は次の通りだ。

  一、広く会議を興し万機公論に決すべし。

  一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。

  一、官武一途庶民に至るまで、各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す。

  一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。

  一、知識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。

以上の様に見ていくと、確かに、由利公正と木戸孝允では、描く国家像が違うことが明らかだ。由利が、現実的改革を主張しているのに対して、木戸は新しい国家の精神論をベースにしている。これは聖徳太子の十七条の憲法の精神に通ずるものがある。

だから、どちらが良いとか悪いとかは論評は避けたい。ただ由利の主張は、木戸の考えの後に具体的実践の理念として来るものかもしれない(しかしながら、由利が草案を作らなかったら、このご誓文は生まれなかったかもしれない)。

それはそれとして、五箇条のご誓文も、現代的に解釈すれば、それはそれなりに意味を持つ。学校時代に習った、その内容を、次回以降、改めて現在の視点から1箇条ごとに見ていこうと思う。

*注

正式には、『御誓文』らしい。ただそれではわかりにくいので、『五箇条の御誓文』で流布している。さらに、ここでは、「五箇条のご誓文」としておく。

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