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2008年6月10日 (火)

五箇条のご誓文 その二

五箇条のご誓文の一番の文言は、よく知られているように、次の通りだ。

       「広く会議を興し万機公論に決すべし」

これが作られた当時、会議と言っても、一般民衆は含まれておらず、単に一部権力者の列席する会議でのルール作りに過ぎない。それでも、「会議の開設」とか「(狭い範囲だが)公開討論」を打ち出したのは評価できる。そして、それ以後、その範囲は広く解釈され、自由民権論者の主張を取り入れ、民選議会の根拠になったという。

ただ、こういうことは、このように成文化される前から、日本では、されており、別に新しいことではない。成文化したことに意味があるのだ。そして、それは日本独特の決め方と言える。往々にして、意思決定が遅いと言われるのは、そういうことが影響している。

しかし、一旦決定してから行動する時は、衆議一決しているから、それは怒涛のような進捗状況になりがちだった。ところが、最近は、そういうことが必ずしも十分ではなく、実行するか、その一歩手前で、諸問題が噴出して、物事が停滞する事例が多い。この五箇条のご誓文が軽く見られているのではないか。

ここは、もう一度、日本文化に立ち戻って、このご誓文の精神に基づき、決定にもっていくことが望まれる。もちろん、それは現代的にスピードアップしていく必要は感じるが。

*注意

このブログでは、「その一」「その二」などと記していますが、五箇条のご誓文の順番を意味していませんので、宜しくお願いします。

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