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2008年6月 4日 (水)

物価高と生活のリストラ

石油価格や食糧価格が異常に上がり続けている。これはちょうど石油ショックの時代の頃のような雰囲気だ。そして、異常な低金利のままだ。

これから何が起こるかわからないが、危険なエネルギーが蓄積されつつあることにはかわりない。庶民としては、どう対応するか。特に指針と言えるものはないが、生活のリストラも含めて一通りのことは考えてみよう。

まず、言えるのは、バタバタしないこと。いつものようにマスコミは騒ぎすぎる。醒めた視線が必要だ。バターがないなどと大騒ぎしているが、これは石油ショック時のトイレットペーパー騒ぎと似たようなものだ。いつか解消される性格のものだ。だから慌てず騒がず対応するのが一番いい。いずれ市場にものが溢れることだろう。但し、価格は以前のままではないかもしれない。

卵の価格も異常に上がっているようだ。飼料関係の価格上昇が影響しているようだ。しかし、私は、従来、そんなに安いものは買わないし、毎日食するわけでもないので、大した影響はない。今まで、安すぎる卵が多すぎたのだ。安全な飼料が使われているとすれば、長年、上がらなかったのは、不自然というしかない。

小麦の価格が上昇して、パンや麺類などの価格アップが続いている。これを解消するのは、国内産が少なすぎるので、当面難しい。国内産の増産といっても、そんなに簡単ではなかろう。米粉の利用がどれくらい増やせるかがキーだ。当面、米粉を利用した食品の利用が望ましい。販売者に米粉利用指定をするのもいいかもしれない。ただし、それは国内産であるのか、監視が求められる。

漁業も不振のようだ。ガソリン価格の高騰は、産業活動を確かに萎縮させる。それによって一部の魚の価格は異常に上がるだろう。そして、それは更に魚離れを加速させるかもしれない。しかし、よく考えれば、遠海で獲る高い魚ばかりが魚ではないだろう。近海魚で美味しいものも多くある。魚の見直しをするいい機会だ。

また車の運転も控えられることは結果的には望ましい。日本のような狭い国土で、自動車が明らかに多すぎる。カーライフを見直しするいい機会だ。車を所有することは、金食い虫だと知るべきだ。この際、思い切って手放すのもいいかもしれない。明らかに資源の浪費をしているのだから、そういう意味では、ガソリン価格は高いままでもいいかも。

しかし、産業車両の運営コストが上がれば、生活物資のインフレは必至だ。その点からは、あまりガソリンの価格が上がりすぎると、国民生活を不安定に追い込む原因になりかねない。また郵便が電気自動車の導入をするそうだが、全産業でそういう取り組みは求められる。やはりガソリンを使わない自動車の利用促進は望まれる。

そして、多くの人に言えるのは、生活のリストラ(再構築)だろう。バブル崩壊して相当の日時が経ったが、未だバブルのままの意識の人々がいる。生活が苦しいという人も様々で、本当にぎりぎりの生活をして苦しい人たちがいる一方で、所得の割りに贅沢な生活をしている人々もいるのだ。それは、金食い虫の車を所有したり、携帯電話を所有して無駄遣いしている。それに子供たちに意味のない塾通いさせている人たちを指す。そういう生活を正すよい機会だ。

結論的には、物価高には、最初に書いたように、バダバタしないことだろう。しばらく様子を見ても遅くない。バターや卵がなくなっても、生活には支障はない。ただ万一の食糧危機への備えとして、国内産のお米を積極的に食べることは求められる。そうすることが、結局、自らの身を守ることになるのだろう。

他方、生活様式の見直しは求められる。生活のリストラは、今まで常識と思っていたことを切り捨て、生活を組みなおすことだ。最後に、兵庫県の昔の篤農家の話を記しておこう。

「始末はその家々で致しようがあるもの、とかく、しわんぼう(吝坊。*注)にならぬ致し方がよろし」

*注

しわんぼう(吝坊)について、広辞苑には、「しわいひと、けちん坊、しみったれ」とある。しかし、単にケチとは違う。ケチな人は日頃は始末して、必要な時には使うが、しわい人は、吝嗇で、必要な時にも使わない人を指す。広辞苑の解釈に若干疑問が残る。

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