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2008年7月 2日 (水)

兄弟の争い~『七歩詩』

兄弟は他人の始まりとよく云われる。血は濃いのに、そういうことになるのは、いろいろな原因があろう。民間であれば、兄弟が兄弟である間は、別に問題がなくても、つくものがつくと(すなわち結婚してしまうと)、相互の関係は微妙なものになりがちだ。

それが権力者の跡継ぎをめぐる闘争となると、周囲を巻き込んで大変だ。周囲は、自分の支持する人が跡継ぎになれば、自分の地位は確保できるとして、奔走する。そういうことが兄弟の間の隙間を大きくする。

いつの時代も、そういう醜い争いはあった。それが人間というものかもしれない。闘争を抑制すると、抑制した側が、やられてしまう例も少なくない。生き残るのは大変なことなのだ。闘争には、いろいろやり方があると思うが、基本的に、負けた者が、生き残るのは、新しい権力者からすると、不安でしようがないものらしい。そういう気持ちはわからぬでもない。

そういう例は、例えば、日本では、織田信長や、徳川家光なども、兄弟と争っている。中国の例では、曹操の息子兄弟の場合も当てはまるだろう。今回は、この話題を取り上げよう。

兄は、曹丕(そうひ)といい、弟は曹植(そうち)と言った。曹操は、文武に優れた曹植を愛したが、直情径行で粗暴であったため、やむなく、後継者には曹丕を指名している。これが魏の文帝である。

文帝は子供の頃から曹植を嫌った。親に可愛がられた弟を兄がいい気持ちであったはずがない。その気持ちをずっと文帝は持ち続けていたのだろう。そして、ついに、帝についたのを機会に、彼に言いがかりをつけて殺そうとした。

しかし、弟には、何のことかわからない。いつも兄弟として接してきたのに、という感情があるだろう。愛情を受けてきた人間は、それが当たり前と思い、他の人の思いには、どうしても鈍感になりがちだ。兄の内心を把握する所までは行かなかったようだ。

文帝が、国法を犯したとして、曹植に命令する。「私が七歩歩くうちに、詩を作らぬ時は、命はないものと思え」と。

しかし、曹丕の予想に反して、曹植はたちどころに、次のような詩を作った。彼は若い時から、詩・文に通じていた。それが身を助ける。その詩は、次のようだ。

  豆を煮て持して羹(あつもの)を作る

    豉(し)を漉して以と汁と為す

  萁(き)は釜底に在って泣く

  本(も)と是れ同根より生ず

  相煮る何ぞ太(はなは)だ急なる

意味は、次のようだろうか。

   豆を煮て、豆乳を作り、

   豆を発酵させて汁にする。

   豆の殻は(乾かして)釜の下で、(豆を苦しめようと)燃やして、

   豆は釜の中で泣いている気持ちをお察しください。

   私達は、同じ根から育った豆と豆殻なのに、

   どうして、そんなに急いで、加熱して、私を苦しめるのですか。

   (結局、誰かを利するだけではありませんか)

さすがに、文帝も、彼を罰しなかったという。しかし、兄が権力者である弟の立場は微妙である。いかに弟が忠誠を誓っても、その取り巻きはどう動くかわからない。それは正しい緊張感で政治を執り行えばいいが、大体が権力者独特の不安感に苛まれるようだ。

*参考

 『七歩詩』には、詩吟にした、次のようなものもある。日本では、こちらの方が有名かもしれない。

  豆を煮るに豆の萁(まめがら)を燃(た)く

  豆は釜中に在りて泣く

  本是れ同根より生ず

  相煮る何ぞ太だ急なる

 

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