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2008年8月 1日 (金)

連帯責任の重要性

最近、連帯責任を軽視する傾向は憂えることである。問題を起こした野球部員の所属する桐生第一高校の甲子園出場が高野連によって容認された理由が、そのようであるのは、決して望ましいことではない。

これは日本の社会秩序を考える上で、重要なことであるからだ。最近の多くの犯罪も、人々が近隣の人に無関心になったことが、その原因と言えなくもないからだ。

江戸時代には、五人組制度があり、それがお互いの牽制になり、社会秩序を守ってきた。それは明治維新後も、その意識は残り、戦後も、多かれ少なかれ影響を受けてきたのだ。

もちろん、五人組制度の連帯責任の負の部分もある。問題を起こせば、例えば、村八分ということもあった。罪を犯した当人だけでなく、その家族も、そういう扱いになり、精神的に追いつめられてきた。

しかしながら、いかに法律が整い、法権力や警察が頑張っても、全ての治安をカバーすることは現実、難しいだろう。やはり、それを補うには、民間で牽制しあう何かが必要で、それで始めて、社会の均衡が保たれる。

そう考えると、連帯責任を軽く考えることは、あまり宜しくない風潮だ。

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