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2008年8月30日 (土)

政争と蝸牛角上

  蝸牛角上 何事をか争う

  石火光中 この身を寄す

  富に随い 貧に随いて しばらく歓楽す

  口を開いて 笑わざるは 是れ癡(ち。愚かな)人

                                             (白楽天、「対酒」より*参考)

近頃、政治家の皆さんは、選挙が迫ってきたのか、なりふりかまわずの政争だ。選挙民に対するご機嫌取りの政策をごり押しする政党もあれば、無理な財政出動を主張する議員もいる。そして、この期に及んで、政党離脱騒ぎ。無責任極ると言うのは、このことを指すのだろう。

さて、そのことはさておき、先に挙げた詩の元になった、「蝸牛角上の争い」という話は、『荘子』則陽篇第二十五の三にある。魏の国の恵王が、盟約を破った斉の王の仕打ちに激怒して、斉を攻めようと言い出した。しかし、臣下の意見はまとまらない。その中で、賢人、戴晋人が、蝸牛の二つの角に例えて、この二つの角が戦う無駄を示して、戦争を諌める話だ。

確かに、物事を大きく視る目を養えば、そのように捉えられるだろう。しかし、目前の選挙という現実ばかり見て、保身に捉われると、見えるものも見えなくなる。政治家の皆さんは、真に国民・国家のために汗を流してもらいたい。また、そういった政治家を選びたいものだ。

*参考 詩の大意

 蝸牛の角の上のような狭い世界で、何を争っているのか。

 人の人生は、火花のように短い世界に寄りかかっているのだ。

 富のある人は、富のあるように、貧しい者は、それなりに、人生を楽しもう。

 口を開いて笑わないのは、馬鹿げている。 (気持ちの持ちようで、人生はどうにでもなる)

まあ、彼はエリートだから、詠える歌でもあるのだが。でも、どうでもいいことに捉われて、無駄な時間を過ごさないようにしたいものです。

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