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2008年9月26日 (金)

謡曲『土蜘蛛』と頼光の許されぬ恋

先日、あまり好きでない掃除を少し規模を大きくしてやっていたら、首筋に何か止まるものがある。手を背中に回して、掴んでみると、直径15センチくらいの土蜘蛛(正確には、そういう名称の蜘蛛はいないようだが、目がくりっとして、あしが長く、土色のため、母がそのように呼んでいた)だった。女性だったら、絶対大きな声で叫んでいたと思う。まあ、流風もびっくりはしたが。

昨年は、直径20センチくらいの土蜘蛛に遭遇したが、あれは床を這っていて正面から見たものだった。今回は、手で掴んだものが土蜘蛛だったので、正直驚いた。声を上げる訳にもいかず、一瞬しばらくじっとしていた。ばたばたするので、手放すと、さっと家具の後ろにもぐりこんだようだ。その後、どこに行ったかはわからない。

別に蜘蛛を家で飼っている訳ではないが、どこからか入ってくる。母は、蜘蛛は、毒蜘蛛でない限り、殺してはいけないと常々言っていたので、捉まえた場合は、一旦外に放り出すが、また、どこからか入ってくる。ちょっと困った存在だ。

そういうと、昔、土蜘蛛を妖怪として考えていたという。そのように描いているものとしては、源頼光が登場する謡曲『土蜘蛛』が浮かぶ。ここで描かれている土蜘蛛とは、土蜘蛛族で、従来、大和朝廷に抵抗した土着民の末裔であろう。

彼らの先祖は、穴倉に生活することが多かったため、そのように呼ばれたという。まあ、これは、嫌な奴を、嫌なものに例える感覚と同様かもしれない。従わない人たちを悪く言ったのだろう。

それが頼光の時代には、当時、天皇への抵抗勢力、いや、実際は藤原氏への抵抗勢力となっていたようだ。能は、それを擬態化し、悪のヒーローとして、鬼の顔で、虎の胴体で、巨大な蜘蛛の手足を持ち、旅人を蜘蛛の糸で絡めとり食う怖ろしい存在にしてしまった。

能の話は、源頼光が病気で臥せっているところに、最初、胡蝶という女が薬を持ってやって来る。そして深夜には、僧形の怪人が、枕元に現れ、病状を問うが、名前を尋ねると、不審にも蜘蛛の糸を投げかけてきたので、刀で対抗すると、その妖怪は消えうせる。

その物音を聞きつけた独武者が駆けつけ、血の後をつけて、ある塚を見つける。掘り返すと、蜘蛛の精魂が現れたが、退治して都に帰る。

しかし、これだけでは、単に夜盗を征伐したとしか見られない。しかし、話はそれほど単純ではなさそうだ。それは次のように示される上歌にある。。

 夜昼を尽くして夜昼の。色を尽くして夜昼の。境も知らぬ有様の。

 時の移るをも。覚えぬ程の心かな。

 げにや心を転ぜずそのままに思ひ沈む身の。

 胸を苦しむる心となるぞ悲しき。

この歌の意味を見ていくと、単なる成敗物語とは捉えにくい。まず胡蝶という女の存在だ。薬を持って見舞いに来た存在だけではないだろう。上記の歌は、胡蝶の恨み言のように聞こえる。頼光が密かに愛していたが、土蜘蛛族の娘だったため、許されぬ恋だったのかもしれない。不覚にも、頼光が土蜘蛛族の女性(女性からすれば、頼光は、敵の子孫)に恋してしまった、恋物語とみることができる。

頼光が寝込んだのは、過去の恋の病と考えられないこともない。それを夢の胡蝶が見舞った。頼光に未練とも無常ともいえる感情があったのだろう。しかし、夢の中で土蜘蛛族の頭領が娘の恋を妨害すべく、「僧形の怪人」に扮して、、頼光を悩ますために、やってきたのかもしれない。

結局、土蜘蛛族を成敗した後悔が、源頼光の枕元に、胡蝶や土蜘蛛の頭領の亡霊として現れさせたのだろう。立場上とは言え、多くの土蜘蛛族を殺したことに自責の念があったのかもしれない。そして女性との恋に人生の無常は感じていたのだろう。洋の東西を問わず、こういう題材は文学になりやすい。

*注記

以上の解釈は、題材の根拠となっている話とは若干異なり、流風の独断で、作者の意図を正しく反映しているとは言えないかもしれない。ただ、謡曲や能の楽しみ方として、受け手の勝手な解釈として楽しめる。

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