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2008年9月14日 (日)

若返りの水と謡曲『養老』

『竹取物語』について、以前、このブログで取り上げたが、あれは不老不死の薬と愛の比較だった。当時から、不老不死は、昔、中国の皇帝も望んで、日本の噂を聞いて、大金を投じて、日本に使者を派遣させたほどだから、生への執着は、相当なものだっだろう。

また、中国の食事に関する古い本などを見ると、「不老長寿の妙薬」というのも紹介されているから、昔から、相当、そういうものを研究したことも窺える。実際、それは漢方の分野で活かされているし、薬膳料理にも活かされている。ただ、人間の欲につけこんだ詐欺的な商売もあるようだ。

日本での伝説は、『竹取物語』のような話はないではないが、それほどに生に執着していないように感じる。人間は自然の一部であり、それは輪廻するという考えの方が行き渡っているのであろうか。せいぜい、物語られるのは、水を飲んで若返ったという類である。謡曲にも、『養老』があるが、その謂れは次の通りだ。

元正天皇(聖武天皇の叔母)の頃、美濃国の貧しく賤しい孝行息子の樵(きこり)が、老いた父親が酒好きのため、貧しいながらも、工面して酒を購入し、父親を養っていた。困った爺さんだ。でも、最近の子供と違って、あくまでも親孝行を続ける。

ある日、山に入って、薪を取ろうとした所、苔に滑って転び落ちた。そうすると、芳しい酒の匂いがするので、近寄って見ると、石から、水が出ており、酒に似ていた。そこで、それを汲んで父親を養った。そして養老の滝を発見して、そこの水を父親に飲ませると、若返ったという故事があるところから生まれている。

  長生の家にこそ、長生の家にこそ、

  老いせぬ門はあるなるに、

  これも年経る山住みの、千代のためしを、

  松蔭の岩井乃水は薬にて、

  老を延べたる心こそ、

  なほ行く末も、久しけれ。なほ行く末も久しけれ。

それを天皇が聞き召して、行幸ということになり、その水を確認される(実際は、使者を遣わして)。天皇が、試しに飲まれて、肌がつやつやとしたというから、美容効果は高かったのだろう。まあ、それで若返ったと思われたのだろう。何といっても女帝だから、女性ならではの感性だ。

  老をだに養はば、まして盛りの人の身に、

  薬とならば、何時までも、御寿命もつきまじき。

  泉ぞめでたかりける。

  げにや玉水乃水上澄める御代ぞとて、

  流れの末乃我等まで、

  豊かに住める嬉しさよ、

  ゆたかに住める嬉しさよ。

そして、天皇は、このことを賞して、これは親孝行の樵に天が感心して与えられたものとし、後に美濃守に任じたと云う。この謡曲は、天皇の世を寿ぎながら、民が親孝行であると、自然も喜び、それが結局、美味しい水を生ませ、そして、民を潤すことになるのだと説いている。

この「養老の滝」は、流風は居酒屋程度しか知らない(笑)が、実際、本当の養老の滝をいつか観光で見てみたいものだ。また、元正天皇同様、最近の女性も、美容には怠りないようだが、水の大事さに気づいている人は少ないかもしれない。美味しい水は健康にもいいし、それが美容につながる。かつて日本の水は、美味しかったが、最近は水を購入する事態になっている。

水道水は、確かに美味しくなったが、高くなった。それでも、市販品の水を購入するより、自然水が得られるように、自然のおいしい水がどのように生成され、そのために何をしなければならないのか、もう一度、確認したいものだ。おいしい水は、長生きできるというのは、実際、データ上も、そのようだし、古人の云う通りかもしれない。流風も、美味しい自然水で若返って長生きしよう。

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