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2008年10月26日 (日)

天高く馬肥ゆる秋

子供時代、博労かどうかは、今となってはわからないが、舗装されていない道を、馬に荷物を曳かせて、行き来する人がいた。学校の下校時、時々遭遇し、よく肥えた馬が歩きながら、大きな糞をするのを見た。いわゆる馬糞である。臭いなあ、と思って、鼻をつまみながら傍を通りながら帰宅して、遊びに出かけると、馬糞はまだ置き去りであった。

しかし、遊びから帰ると、既に馬糞は撤去されていた。あんな臭いもの、移動されるのは大変だろうな、と思って、母にそのことを告げると、「ああ、馬の糞は、十分に消化されていないから、肥料にいいので、農家の人がすぐ引き取っていくのです」と教えられた。

ええっ、あんな臭い物を引き取るのかと思ったら、人糞も肥料になっていると知って、少し驚いた。あのぼっとん便所の大便も肥料になるのだと思って、少し感心したことがある。最近、よく言う有機農業だ。「自然界の物は、ぐるぐる回っている。人も自然の一部」と母に、また聞かされ、そういうものかと納得したことがある。

よく、天高く馬肥ゆる秋という。秋に馬が丸々と太っていることを指す。だから、人間様が、秋になって食欲が増し、肥えるのでは、思っていたが、実際は、意味が異なる。馬は春から夏にかけて、草をたくさん食べ、秋には肥えるから、出た言葉らしい。

もともと、中国を取り巻く異民族である蒙古民族等の騎馬民族が、匈奴と呼ばれ、中国が秋に太った馬に乗って、侵略したから、それを警戒しての言葉のようだ。馬が肥えてくる時期が一番危ないと警戒したのだ。それは相当長い期間、悩まされたようだ。

匈奴にすれば、それは極寒の地に住む宿命として、冬のための準備だったかもしれない。でも、侵略されて略奪される側にとっては、とんでもないことだ。それを防ぐには、この時期、警戒を怠らないようしなければならない。

この言葉は、日本では、違った理解になったようだが、その語源ルーツは厳しいものがある。いつの時代も、食糧を巡って、争いは起こる。現在、地球のキャパシティを超えていると言われる人口と食糧危機。そう考えると、天が高くても、あまり肥える気分にもなれない感じだ。

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