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2008年11月25日 (火)

誤算の人生

先日の日本経済新聞に「誤算のおかげ」(平成20年11月23日付)という記事が目に入った。内容は、サントリーのビールのシェアが伸び、やっと利益が上がるようになったということだ。但し、ビール事業は先々代が始めて、ずっと赤字だった。それを補ったのがウィスキー事業だった。しかし、経営者にとっては、意外だったようで、「ビールがこれほど売れないとは思わなかったし、ウィスキーがこれほど売れるとも思わなかった」という点が、印象に残った。

ただ、このことは、多くの企業の経営者も感じていることかもしれない。多額の研究投資をしたにもかかわらず、事業としては市場に受け入れられず、赤字続きだったが、あまり研究も投資もしなかったのに、ちょっと遊び心で出した、ある商品が市場に受け入れられて、大変売れるというようなことはある。

また主力事業だけで、経営は十分成り立つのだが、たまたま知り合った人物が熱心だったので、付き合い程度に扱った商品がバカ売れすることもある。ところが、主力事業は、振るわなくなったりして、随分助かったという話も聞く。

同様に、育成事業より、傍流の事業が当たったりする。経営者の思い込みで、育成したつもりのビジネスは、結局、開花せずに終わることもある。ところが、一部の社員が拘って開発した商品が市場にマッチして、一大事業になったりする。これらは、皆、誤算のビジネスと言うのかもしれない。

人材の例では、成績優秀で期待した人材は、平凡な成果しか達成できないことがある。その一方で、学業成績も良くなく、あまり期待できないのだが、何となく、人柄の面白さを感じて、お情で採用した人材が、事業に貢献したりする。

採用側の先入観なんて、いい加減なものだ。人材の将来までは読めない。一般的な常識があれば、人材にそんなに差がないのかもしれない。このように見ていくと、経営とは、誤算にいかに適切に対応するかと言うことなのかもしれない。

そして、これは人生にでも言えるだろう。子供の頃、親に将来何になりたいと尋ねられると、子供は直接目にする運転手とか、パイロットとか、お医者さんとか、ケーキ屋さんとか、よく返事する。

しかし、これを、そのまま夢として持ち続ける人は少ないであろう。そして、少し大きくなって、夢を抱いても挫折する人は多いかもしれない。結果的に、現実を知り、流されるままに人生を過ごす人もいれば、誰かがひいた路線に乗ってしまう人もいるだろう。しかし、そのまま人生を送れれば、まだ幸せな方だろう。

現代の日本では、夢もなく、方向感もなく、儘ならない人生を送る人々も多いかもしれない。例の元官僚を殺した殺人犯にしても、思い通りにならず、誤算の人生を感じていたのかもしれない。学校エリートがどこで挫折したのか。彼は暴走して、他人の生命を奪うという卑劣な手段で、人生を捨ててしまった。

しかし、自分の思い通りにならない人生を、誤算の人生だと思い込み、後悔として捉えるのは本人次第だろう。人生の誤算でも、意外な喜びもある場合もある。夢を持ちつつ、人生の誤算を楽しむ余裕が欲しいものだ。山があったり、谷があったりしながらも、それでも、淡々と人生を歩んで、『無事是貴人』という心の領域に達したいものです。

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