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2008年11月11日 (火)

今後の米国経済の行方と一つの可能性

現在、米国市場は、乱高下しているが、不気味な感じだ。それほど人々は疑心暗鬼になっているのだろう。そういう意味で、市場が壊れているのは確かだ。これはまだ膿は残っているだろうことを示すものかもしれない。金融業界の更なる不正はこれから摘発されるのだろうか。それとも公的資金を投入して、それを政治的に誤魔化すのだろうか。

かつて日本の金融機関を、極めて、いい加減で恣意的な数字(解釈の仕方で、どのようにでも見える)で、罵った欧米金融機関や格付会社が、今、いかに出鱈目な経営・運営していたかが問われている。まあ、いつの時代も、偶像というものは、いつか化けの顔を剥がされるものらしい。

まさに「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」そのままだ。欧米の経営者も、『平家物語』を読んだ方がいいかもしれない。驕りは凋落の前触れということだろう。

実際、その経済実情は破綻していると言って間違いない。大統領が変わっても、その回復の足取りは極めて重いだろう。つまり打てる手は、全て時間がかかるということだ。それにしても、自動車産業のビッグスリーと言われた企業が国に支援を求めているのは異様な感じだ。米国は、自由主義を放棄したのだろうか。自由主義の限界をやっと感じているのだろうか。

もちろん、学習能力に優れている米国は、同じ過ちは今後しないと思うが、その経済を回復させるには、戦争経済から脱して、国内経済の再確立が求められる。例えば、インフラの再整備が考えられる。一部で米国新幹線の可能性が持ち上がっているが、それも有効な手段かもしれない。

米国は国内の移動に、どちらかと言うと、航空機産業に依存してきた。ただ航空機産業に依存するということは、国家の全てに目が届かないとも言える。国家の開発が粗いと言える。今後、米国が鉄道産業の見直しで、国家の血管のように巡らせば、国全体の再開発になる可能性もある。そして、それが自動車産業の復活につながる可能性もある。日本も場合によっては、発展途上国並みと見なして、「対米国版ODA」の実施が有効かもしれない。

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