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2008年12月22日 (月)

画家は、なぜ自画像を描くのか

高名な画家たちは、ほとんどが自画像を描いている。絵画方面には疎いので~そういうわけなので、若干トンチンカンなことを以下に記しているかもしれない~、それがどういう理由なのか知らないが、まず自分自身を描いて自分を知ろうというのだろうか。それともモデルを雇えないので、鏡に映る自分を描いているだろうか。

確かに自分を観察するということは、単に外見的なものだけでなく、自分がどのように見えるかという検証にもなる。そして、それは心の状態で見え方が異なってくるから不思議だ。人間の顔はいつも同じ様に思っても、いつも違う。顔は手相のように、常に変化しているのだろう。

だが、画家の描く自画像は、大抵が一点だけということも少なくない。それは画家の自惚れなのか、自尊心のなせる業か。自分の変化には関心がなくなるのかもしれない(もちろん、男が女性のように鏡をいつも見るのも少し気持ちが悪い)。

それとも、他者への関心が強くなるのかもしれない。もちろん、その観察は、自画像と同じ様な捉え方かもしれない。それはその画家が描いた人物像を見ると、全てどこか似ていることからわかる。モデルを、自分が映った鏡と重ね合わせて、観察しているようなのだ。

つまり他人を描きながら、他人の中に自己を見出し、自分を描いているように見えるのだ。そして、それが画家の個性になっていくのかもしれない。画家というのは、ナルシストが多いのかもしれない。

しかしながら、一般人も同様なことをしているかもしれない。他人を見るのに、自分の先入観で見ることは多い。視野を広げようとしていても、ついつい自分の考え方に捉われ、狭い見識になることも多い。

他人の観察もいいが、時々、もう一度、自分の顔がいい顔しているか(自分の考え方が、捉われていないかどうか)を再確認してみるのは良いことかもしれない。つまり、観察手法の見直しも、時として求められるだろう。

*追記

画家が、自画像を描くのは、一部には、自分の顔は、見ることができないから、という見方もある。そういう見方もあるが、そんなに単純ではないと思う。それは一要素に過ぎない。

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