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2008年12月18日 (木)

埋蔵金なるもの

以前、徳川埋蔵金とか、騒いで、実際に試掘してテレビ番組にもなっていた。これは大久保長安が謀反のために、隠していたと云われるもので、小説にもなっているが、真偽は不明だ。その他にも、旧日本軍が金塊を隠していたとかいう話も、まことしやかに流れていた。人々は、「金塊」というものには、どこか惹かれるのだろう。

ところが、この埋蔵金が政治の世界で少し前に囁かれるようになって、今では大きな話題になっている。これは何を指しているのかを流風の理解では、特別会計の不明朗かつ不活性な資金のことを指しているように思う。

確かに、特別会計には、巨額の資金が埋もれている。これは従来、国会で問題にされなかったことである。それで官僚がやり放題している噂が立ち、実際、無駄な投資や不要不急のことに使ったり、天下り官僚の高額な俸給にも使われていた。

そういうことで、国民の不信感が募り、国会も、その問題を取り上げざるを得なくなったのが実情だろう。確かに無駄遣いは多そうだ。

ただ、その問題を除けば、特別会計は特別な理由で国民から集めた資金や、一般会計から当てられた資金から成っているだろう。国民から集めた資金は、いずれ国民に返す必要のある資金も多い。いわゆる預かり資産とも言える。

問題は、国民にどのような時系列で、どの程度ずつ返すかということだろう。年金のように、政治が国民に約束していれば、資金の運用も必要になってくる。経済は長期的に見ればインフレだから、預かった資金より多くの資金を積み立てていくことが求められる。1千万円預かって、45年後に1千万円返すのなら、何の問題もない。しかし、それでは国民は困るだろう。

ところが、特別会計は、年金のように、全てが全て100%以上国民に返すものではないだろう(ただし、今のままでは、かけた保険金額より戻りが少ない世代も今後出てくる)。保険によっては、50%でいいものもあれば、20%でいいものもあるだろう。しかし、運用する側の常として、余裕率を大きく見がちだ。50%でいいものを70%まで安全率をかけて積み立てし、あるいは20%でいいものを40%まで積み立てしているかもしれない。

埋蔵金というのは、どうも見方の差異のようである。これは安全率を厳しく精査すれば、捻出できるかもしれないという性格のものだろう。だから、これは一旦使ってしまえば、後は何も残らない。ということで、あくまで緊急に流用する資金でしかない。

このように考えると、埋蔵金はあまり期待できない資金と思う。埋蔵金は打ち出の小槌ではないだろう。埋蔵金を探し出すより、むしろ考えるべきは、不要あるいは縮小すべき特別会計のあぶり出しだろう。その特別会計が本当に必要であるか、吟味することが大切と思う。官僚の方々も、保身に走らず、協力すべきだろう。

*追記

埋蔵金なるものの使い方は、やはり国債の償却資金として積み立てるべきだろう。一般予算に戻して使ったりするのは、やはりおかしい。政治家の方は、その発想から脱しないといけない。必要なのは、歳出の見直しで、埋蔵金の流用では何も解決しないことを認識すべきだろう。

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