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2008年12月27日 (土)

最近の労働問題概観

最近の日本の労働市場は、非正規社員の派遣切りで騒然となっているが、これはかつての下請け切りと似ている。下請企業は、仕事を切られて、リストラしても、資金の目途が立たず、倒産していた。結果的に失業者を生み出していた。

今回は、下請企業を切る代わりに、直接個人の労働者を切る事態になっている。個人は個人である限り、弱い。派遣者も、自営業者の自覚があれば、まだいいが、それがないと、苦しい。企業に属している気持ちが強いので、企業に対する依存度は高い。

だから仕事を切られると、路頭に迷うという不安に覆われる。それは厳しく言えば、将来に対する準備が足りないとも言えるが、現在のような製造業に対する労働派遣が認められたことが、多くの不幸を生んでいることは間違いないだろう。

経営者にとっては、これほど都合よく人材コストを切れる法律はない。経営者は、この結果、人をコストとして捉え、モノのように扱った。しかし、法律上は問題はない。だが、社会的倫理上、大きな課題を抱えている。極めて社会の不安定化を促進する法律なのだ。

もちろん、いつの時代も、整理しやすい人材はいる。パート、アルバイトのような直接採用の社員もそうだろう。だが、一般的に、彼らの収入は、家計において主たる収入源ではなかった。しかし、製造派遣社員は、主たる収入源であり世帯主であることが多いことが、問題を深刻化させている。

そもそも、このような労働を生んだのは、バブル崩壊と、企業内で進んでいた年代別人材のアンバランスが生んだものと言えよう。バブル崩壊による金融収縮により、企業はコストの見直しに迫られるが、従来のコストダウンだけではどうしようもなく、人材コストに手をつけるしか解決方法は見つからなかった。

しかし、労働保護政策から、正社員のリストラに経営者は苦慮する。しかし、リストラを遂行しないと企業はもたないことから、多額の退職金を用意して、リストラを敢行する。だが、給料の高い熟年世代をリストラすると、人材バランスを崩し、それを補う社員が必要になった。

それが他社からスカウトしたり、転職などによって人材を補うことだった。しかしながら、企業文化の異なる転職者は、高コストをかけたのにもかかわらず、必ずしも成果を上げてくれない。そこで、企業の都合に合わせて、人材を提供してくれる専門技術者の派遣を歓迎し、そこそこの成果を上げた。

そして次に人材のコストダウンを推し進めるため、ITの導入により、正社員の間接人員を整理し、派遣社員に頼るようになった。いわゆる一般派遣というものである。派遣社員は時間給は正社員より高いものの、契約社員であるため、社会保障費の負担も必要がないし、いつでも切れるので歓迎された。

これで味を占めた経営者の欲望はさらに大きくなる。製造業の人材は固定費で、景気変動による負担が大きい。更に、産業の高度化に限界を感じ、海外の賃金の安い国との競争に勝つには、製造人件費のコストダウンが必要と経営者は感じるようになった。そこで固定費にメスを入れるため、政府に製造業派遣の規制緩和を要求。国の規制緩和の流れに乗って、政府は許可し、現在に至っている。

こうして見て来ると、派遣はバブル崩壊後の流れであった。それに対して、労働の主体となりつつある派遣者の生活を守る政策が遅れたのが、現在の状況だろう。大体、行政というのは、問題が起こらないと、対策を出せない。法律とは、現況認識があって、初めて動く。なかなか予防的措置というのが取られないのが、法治国家の限界かもしれない。

しかしながら、ここまで問題が大きくなると、その対策は求められる。まず求められるのは、(つぶしの利かない)製造派遣の禁止であろう。ちょうど2009年は、製造派遣の3年期限の年度にあたっており、ちょうどいいタイミングだ。バブル崩壊は一応終了しているのだから、今後は正社員での採用が望ましい。

そして、バブル崩壊後、苦難の道を歩んだ派遣社員の救済は大切だ。彼らには、労働転換させるための技術を習得させて、転職先を紹介する必要がある。更に、彼らの社会保障面でのバックアップをどのようにするか。これらの問題は、一般国民にとっても他人事ではなく、社会を安定させるためにはどうしても必要である。そのための相互扶助的な負担は止むを得ないと思う。やはり消費税は、早々に上げる必要がある。

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