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2008年12月28日 (日)

修業の意味

             桂林荘雑詠             広瀬淡窓

    道(いう)を休(や)めよ他郷苦辛多しと

    同袍友あり自から相親しむ

    柴扉暁に出づれば霜雪の如し

    君は川流を汲めよ我は薪を拾わん

昔の修業と言えば、住み込みで、まず生活の知識の習得があった。職人の家には住み込みで入り、ボンさんとして、まず生活周りの手伝いから入った。商家には、丁稚として住み込みとして入り、やはり同様のことだった。現在では、わかりやすいところでは落語家が、そのようなシステムになっている。

ところが、現在は、進学はするものの、そういう修業の場は与えられていない。寮制度を導入している所もあるが、数は少ない。多くは、寮のような住み込みでないので、学校の掃除~最近では一部ボランティアとして、地域の掃除には参加しているようだが~を嫌々やっても、真の修業にはなっていない学生が多い。

親方や番頭から、掃除の意味を教えられることもないし、その仕方について、注意を受けることも少ないし、ましてや頭をどつかれることもない。そういうことを学校がやれば、即、暴力行為として訴えられる。

そして学校における共同生活のあり方も十分に説明されているようには見えないし、当然、学生が真に理解しているとは思えないフシがある。現在は、学業がよければそれでいいというムードが、学校にも親にもある。

その結果、そういう人たちが、就学中に、あるいは社会に出て、問題を起こしている。問題の程度は様々だ。事件こそ起こさないが、企業組織で問題を起こす若い人も多く見受けられる。それは就学中に、社会への準備期間として、志を以って修業をしているのだという意識が極めて低い人が多いのかもしれない。

さて、先に挙げた漢詩は、江戸時代の儒学者、広瀬淡窓のものだが、彼は詩学を教育の中心に据えた。詩の涵養が人材の意識を育てると思ったのだろう。そして、「桂林荘又咸宜園」を開設し、多くの門人を育てている。詩の内容は意訳すれば次のようだろうか。

「そこには、多くの人たちが生活を共にしながら、お互いが支えながら、勉学していく。基本的なことを私から学んで、各人、思うところを議論しよう。当然、意見が異なるから衝突も生じる。しかし、志を同じくする限り、それは問題がない。

また家を離れて辛いこともあるだろうが、同じ様な志を持つものが集えることは楽しいものであると理解して、精進しようではないか。

朝早く起きると、あたり一面、霜で雪のように真っ白だ。寒さは辛いけれど、炊事の時間は迫っている。君は川に行って水を汲みたまえ。私は山に行って薪を拾いに行ってくるよ。さあ、今日も元気に励もう」。

ここで重要なことは、先生も学生と共にあるという姿勢だろう。先生は先生であると同時に、「学生」でもある。「タテ」と「ヨコ」の柔軟な関係が、当時、封建社会であっても、既に築かれていたと推定される。

修業は何も学生だけでもないということは、現代でも通用することだろう。過去の実績だけに依存して権威主義を標榜するどこかの教授たちには耳の痛いことだろう。そして、志が明確でなければ、いかに修業らしきことをやっても、それは実質修業でないということを示すものだ。

 

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