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2009年1月15日 (木)

鋳掛屋のこと

子供の頃、「いかけや~、いかけや~、いかけやっか~」と、言いながら、家を回る行商の人がいた。鋳掛屋さんである。穴あき鍋や穴あき弁当箱の修理や包丁研ぎなどを、出張しながらやってくれるのだ。最近は、そういう風景はほとんど見ないが、当時は、母はお願いしていた。

包丁研ぎの方は、父が砥石を購入して、やるようになったから、頼まなくなったが、アルミ鍋や弁当箱に穴が開くと、頼んでいた。当時は、戦争の影響で、鉄鍋の入手は難しく、ほとんどの鍋はアルミ製が多かったが、品質が悪く、穴が開きやすかったようだ。アルミの弁当箱も、梅干で穴が開くという代物だった。

最近は、鍋に穴が開くようなことはないが、包丁研ぎは、時々、スーパーや百貨店で催しをしている。流風は、包丁を持ち歩くのも面倒だから、自分で磨いているが、父のようにはうまくいかず、出来はイマイチかもしれない。そこで最近はダイヤモンド研磨機なども売っているので、そちらの利用が多いかもしれない。

そのおじさんは、家の前で、火を起こして、ふいごで火力を増しながら、記憶が曖昧だが、こてのようなものを使いながら、うまく穴を埋めていたと思う。穴の下に何かの板を当てて、トンカチしながら、溶接のようなことをしていた。小さい子供時代のことなのに、不思議と思い出される。

ただ、穴が開いても、行商だから、タイミングよく来てくれるとは限らない。鍋は大、中、小とあり、一つではなかったが、適当な鍋がない時は、料理嫌いの母は、それを言い訳にして、作る料理の種類が限られていたように思う。本当に困った母だった。

ただ父の弁当箱に穴が開いたことに朝、気づいた時は、母は本当に当惑していた。結局、しばらく、お弁当の代わりに、おにぎりが続いたようだった。父も恥ずかしかっただろう。少し、母ともめていた。当時は梅干弁当は当たり前で、母の責任ではないのだが。

今は、物が溢れ、傷んだら、すぐ買い替えるようになっているが、物のなかった時代は、修理して使うしかなかった。その心掛けは、今も大事にしたいものだ。

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