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2009年1月20日 (火)

歌舞伎『山姥』と金太郎

子供の頃、よく歌った童謡『金太郎』は、ひらがな部分を感じにすると、次のような歌詞だ。

  一 

     鉞かついで 金太郎

     熊にまたがり お馬の稽古

     ハイシドウドウ ハイドウドウ

     ハイシドウドウ ハイドウドウ

 二

     足柄山の 山奥で

     獣集めて 相撲の稽古

     ハッケヨイヨイ ノコッタ

     ハッケヨイヨイ ノコッタ

子供の頃、流風は、菱形の腹掛けを着用して、父の背中にまたがって、いつも嬉しそうにしていたらしい。後年、母から懐かしそうに教えられたが、当時、父も流風が、「ドウドウ」と希望すると、喜んで、背を貸していたという。親の気持ちとしては、皆、そんなものだろう。

さて、歌舞伎に、謡曲と同じ題名で、『山姥』というものがある。能同様、未だ鑑賞したことはない。調べて見ると、これは、謡曲とは、全く内容が異なり、金太郎が出てくる。山姥は金太郎の母(ちなみに父親は雷神だ)という設定になっている。源頼光の家来の三田の仕(つかさ)が、頼光の家来となりうる勇者を探し出す筋になっている。源頼光は、土蜘蛛退治で有名で、以前のブログでも取り上げた。

頼光にはも四天王と呼ばれる四人の強者の家来がいた。すなわち、渡辺綱、卜部据季武、碓井貞光、そして、金太郎のモデルと云われる坂田金時だ。彼の出生は不明だ。兵庫県川西市の満願寺にお墓があるとも伝えられているが、その出自はわからない。

封建制度が確立していなかった時代は、いろんな階層から、能力がある者が取り立てられたと推定できる。凡そ、いつの時代も、新興勢力は、実力主義だ。武家集団の勃興が、少し評判を聞けば、実力ある者を取り立てたのだろう。

ある子供の評判を聞いた三田の仕は、スカウトのため、足柄山で、山姥に会いに行く。そして、その息子怪童丸に接見してみて、その豪力に驚き、頼光に仕官するよう促し、山姥は、自分の素性が子供の将来に傷をつけると考えて立ち去るという、身分社会の少し悲しい筋だ(*注記)。

現在でも、若い時、やんちゃをやっていた若者が、いい指導者の下で、いい仕事をしている人たちがある。いかに彼らを覚醒させ、チャンスを与えるかが指導者に問われている。酒呑童子を退治した金太郎のように、現代の金太郎の出現を望みたいものだ。

そのためには、彼らの持つエネルギーを社会に正しく向かわせる仕組みとリーダーが大切だろう。そして、いろんな価値観を尊重し、偏った教育にならないようにして、多様な人材を育成できるように、為政者は配慮してもらいたいものだ。

*注記

まあ、こういうことは、封建社会後も続けられ、美しい町娘などを自分の養女として、迎え、自分の娘として、それなりの家に嫁がせた武家は、たくさんあった。日本は、割と家系にシビアでなく、養子を受け入れたのは、家というものを絶やさない工夫とも言える。今は割りと減ったけれども、少子化の現在、また増えるかもしれない。

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