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2009年1月18日 (日)

謡曲『山姥』の物語を考える

東京や大阪の繁華街に行くと、いまだに山姥(やまんば)頭をした若い女性を見かける。あれはファッションなんだろうが、昔、子供の頃よく見たルンペンのおばあさんと、あまり変わらない。彼女達は、どういう目で見られているかわかっているのだろうか。

まあ、流風も、若い時、朝、髪が固い質のため、強すぎて、なかなか髪の毛が寝ない。電車の時間に間に合わないので、止む無く、髪が立ったまま出社して、先輩や上司からからかわれたから、あまり、それと違わないかもしれない。

しかし、彼女等の髪型は、自分で意識して、ああいう格好をしているのだから、違和感を感じる。彼女らのファッションは、流風には全く理解できないが、彼女らにすれば、あれが自己主張の一つの表現なのだろうか。

考え方によっては、誰も寄り付かないようにしているとも考えられるが、それとは逆に、かえって近寄ってくる人を選り分けているのかもしれない。そう考えれば、人間は誰でも、好みで付き合う人間を狭めているかもしれない。

彼女等とはお近づきになりたいとは思わないが、それは彼女等もそうであろう。だとすれば、安易に彼女等を笑うことはできない。

さて、話は全く変わるが、山姥を題材にしたもので、謡曲にも『山姥』というものがある。残念ながら、能はまだ鑑賞したことがない。そして、正直言って、その内容は、なかなか解釈には、難しいものがある。余程、中国の詩歌や日本の古典・仏典に通じていないと、真の理解は無理があるようだ。

それを敢えて取り上げようとするのだから、無謀と言われても仕方ないが、流風なりの印象や感想を少し記してみよう。

内容は、山姥山廻りの曲舞を得意とし、そのため「百萬山姥」と呼ばれている遊女が、険しい上路越えをしていると、本当の山姥が現れ、一緒に舞う情景を描いている。単に一緒に舞うだけでは、別にどうってことないのだが、そこには、仏教思想を底辺に、東洋の文学や思想をあしらい、より複雑な内容になっている。表面的なあらすじは次のようになっている。

山姥の曲舞を得意とするため、「百萬山姥」と渾名されている遊女が、従者を連れて、善光寺詣を思い立ち、越後越中の境川に着き、そこから徒歩で、上路の山にさしかかると、急に天候が変わり、困っていると、女が現れて、宿として自分の庵を勧めてくれる。

ついていくと、その女性が「山姥」の曲舞を舞い詠ってくれと所望し、自分が本当の山姥だと告白する。それに慄き、舞おうとすると、それを止めさせ、夕月の頃、一緒に舞おうと言って、消えうせる。

約束の時間になると、怖ろしい姿の山姥になって現れ、山姥の曲舞を舞う。そして舞いながら、どこともなく消えうせる、といったものだ。

これは作者、世阿弥元清は、何を意図して創ったのだろうか。実際に、山姥が現れたというのとは違って、あくまで、それは、ある夜の雷鳴の時、眠りに落ち、夢による啓示の様なものを作者が感じ取ったのではなかろうか。それを謡曲に表現したのではないか。それは上歌に、表されているような気がする。

  鬼一口の雨乃夜に、鬼一口の雨乃夜に。

  神鳴り騒ぎ恐ろしき。

  その夜を思ひ白玉か何ぞと問いし人までも

  我が身の上になりぬべき。

  浮世語も、恥かしや浮世がたりも恥ずかしや。

作者は、山姥の夢で、ヒントを得て、百万山姥が、芸をより高めるため、昔の山姥と遭遇し示唆を得たという作品を創出したと思われる。そこに、仏教思想の輪廻というテーマを絡ませて、人々の魂は、時代を超えて、伝えられていると考えたのではなかろうか。

輪廻とは、生死一体ということ。生きることでの色々な思い悩みや捉われ、死後の世界から見ると何もない現世の空しさ。生死は別々ではなく、一体で、ぐるぐる回っている。それは同心円状なのか、螺旋状かはわからないが繰り返されている。私達は、時々立ち止まり、先人に学ぶ必要があるのだろう。世代を超えて大切なことは変わらないのだから。

そして自分の意思を後世に伝える。身近な所では、親から子へ、子から孫へ。世代から世代へ語り継いで、伝承され、継承されること。もっと私達は、大切なことを忘れてはいないだろうか。この『山姥』の謡曲は、そのような意味を含んでいるように感じられる。

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