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2009年1月11日 (日)

昔の須磨のイメージ

   淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声の

         幾夜寝覚めぬ 須磨の関守

            (源兼昌、百人一首第七十八番)

神戸の観光で、須磨は興味ある面白い地域だ。この点については、以前も多少触れたので、ここで改めて記さないが、場所によっては、意外と観光客が少ないので、ちょっとした穴場なのだ。特に散歩ルートとしては、気持ちよい。

ただ、冬の季節には、ちょっと厳しい。というのは休憩できる屋内の施設が少ないからだ。基本的に、夏の屋外でのレジャーや春と秋の観光を前提としている。冬に観光客を増やそうとすれば、何らかの催しと、気軽な飲食施設が必要だろうが、現状ではペイしないだろう。難しいところだ。

さて、その須磨のことを詠ったのが、先に挙げた有名な歌だ。当時は、貴族にとって、須磨は侘しいイメージが強い。現代のように、移動手段が十分にあったわけでもないから、それは想像上の世界に過ぎない。在原行平のように実際に須磨にいった人は稀であろう。

例えば、『源氏物語』では、光源氏が流されて、須磨のわび住まいをしていると描いている。だが、紫式部も、実際には須磨を見ていないだろう。文学の描いたイメージは一人歩きする。

そして、この歌の作者の源兼昌は、『源氏物語』の須磨の巻を参考にして創作しているのだから、尚更だ。イメージによる作歌に違いない。『源氏物語』の須磨の巻に取り上げられているのは、次の歌だ。

   友千鳥 もろ声鳴く あかつきは

        ひとり寝覚めの 床もたのもし

源兼昌の歌は、光源氏の心理を須磨の関守に重ね合わせながら、詠んだものだろう。実際、冬空の下で、須磨や明石の海辺に立ち、ぼぉっと見える淡路島を眺めると、寒さで、この歌の心境になるから、源兼昌の洞察力には、恐れ入る。

しかし、現在は、須磨は、そんなわび住まいのイメージはなく、住みやすい地域になっている。確かに、冬の海辺の寒さは、多少侘しい感じもしないわけでもない。だが季節によって、感じる落差が大きい場所としては面白い土地だ。

そして震災では、古い家は大きく傷ついたが、今は大半は回復している。海と山を同時に経験できるので、歳がいくと、こういうところに住んでみたいと思う人は多い。イメージも時代と共に変わるものだ。 

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