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2009年1月31日 (土)

恒産ある者は、恒心あり

「恒産ある者は、恒心あり」は孟子の言葉だ。一般には、その後で、述べている「恒産なき者は、恒心なし」の方がよく知られている。民は、経済的に潤えば、その心も落ち着き、正しい道を歩むと理解されている。

だから、心さえ正しければ、何とかなるとは、孟子は説いていない。それは、孟子の先人である孔子も同様と思う。経済的に苦しければ、心も正しく保つことは難しいのだ。民の生活を隅々まで安定させることは為政者の役目だ。

もちろん、経済だけが全てではないという人もいるだろう。それは確かだ。お金だけあっても、味気ないだけだろう。無趣味で、家庭生活も不安定で、友人もなければ、それは意味のある人生とは言えないだろう。

しかしながら、経済の余裕ががなければ、それらを獲得することは不可能だ。大体、人間というものは、経済的にゆとりが出ると、それを失いたくないという心が働く。つまり保守的になるのだ。

それは、行動にも影響を与える。経済的にゆとりのない時代とは、明らかに違ってくるようになる。そして、道徳的な意味も理解できるようになる。若い時は、散財して遊びたいものだが、それを若干辛抱していると、お金は貯まっていく。

ある程度貯まれば、後は時間が増やしてくれると言われてきた。しかし、日本の経済はバブル崩壊後、国内経済は停滞し、金利もほとんどつかない状態だから、財産を時間で増やしていくことが難しくなっている。

そこで、政府は、「貯蓄から投資へ」と旗振りしたが、素人が利回りを確保することは難しく、デフレ状態であれば、結局、しっかり働いて、少しずつ貯蓄していく方が賢明と判断される状況だ。

貯蓄などというものは、結局、どのレベルの所得であっても、見栄をはらず、支出をコントロールして、それなりの生活をすれば、可能だ。別に、お金持ちになる必要はないけれど、人生の変動に耐えられるほどのある程度の貯蓄は求められる。

若い人は、時間があるのだから、時間をかけて、「恒産」に励んでもらいたいものだ。そして、同時に、家族の形成、親友の確保、自分に合う趣味などにより、人生を豊かにしてもらいたいものだ。

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