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2009年2月 2日 (月)

道具持ちの実際

何事も質素だった母だが、子供から見て、贅沢しているなと思ったのは、料理道具の多さであった。以前にも記したが、母は料理が下手ということはないのだが、嫌いで、あまり熱心ではなかった。ところが、料理道具は、通販などで見つけて、あれやこれやと購入していた。

使うのは、最初だけで、結局、どこかにお蔵入り。使うのは昔からある使い慣れた道具ばかりであった。だから、棚を開けると、いろんな道具でぎっしり。使わないのなら、処分したらと言うと、いつか役に立つこともあるだろうから、置いておくという。

そういうわけで、キッチンは荷物で一杯になり、使い勝手の悪いものになっていた。こういうことは誰にでもあるのかもしれない。私は、割と不要な物は処分する傾向が強いが、それでも、書籍の処分にはいつも少し躊躇する。多分、今後も読み返さないものも、また読むかもしれないと、置いておくことはある。

人間、人のことはわかっても、案外、他人から見れば、流風も、使われない道具をいつまでも持っているのだろう。でも、母のように、料理道具だけでなく、何でもかんでも、ガラクタのような物をいつまでも持っていたのは、未だに理解できない。道具は使ってやって初めて価値を持つと常々考えたいものだ。さあ、今日も、整理整頓(笑)。

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