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2009年2月 6日 (金)

外食が美味しいのは幻想か

若い頃、東京に旅行に行って、かなり年上の知り合いに、ご馳走してもらったことがある。有名な料亭だそうで、緊張しながら食事したことを覚えている。しかし、その知り合いが、いろんな薀蓄を披露しながら、美味しいと言っていたが、流風は、そんなに美味しいとも感じなかった。

もちろん、緊張していたから、きちんと味わえなかったということもあろうが、当時、高級料亭も、この程度かと思った。確かに、器も盛り付けも、見てくれは立派で、美味しそうに見えるが、味は大したことがなかった。

確かに、この後の経験では、全ての店が美味しくないということはなかった。東京にも美味しい店はあった。だが、異常に高いのだ。寿司一つをとっても、ネタが新鮮などと言うが、関西では当たり前で、それは「東京内では、比較的新鮮」ということで、別にどうってことはなかった。

今では、流通が進歩し、全国どこでも、新鮮な魚が入手できるだろうが、当時は事情も違ったこともある。しかしながら、東京は概して美味しくないと感じた。そして、少しましな料理を味わおうとすると、高いお金を出さなければならないが、全ての高級店が美味しいとも限らない。

そんなこんなで、東京の外食のイメージはあまりよくない。テレビなどで、グルメだ、グルメだと騒いでも、本当かな、と疑いの眼で視ている。まあ、テレビのグルメ番組なんてものは、作為的に作られたものだろうから、余計にだ。

だが、関西も、最近は、段々、その雲行きも怪しくなってきた。美味しい店は少なくなってきたのだ。もちろん、念入りに探せば、いろいろあるのだろうが、狭い経験知では、どうもまずくなっているような気がする。

その理由は何なのか。一つには、チェーン展開する店が増えて、味が固定化して、オリジナル性が薄れていることもあるだろう。また他店の味が評判になれば、すぐそれを真似することもあるだろう。そのため、段々、本物がわかりにくくなっているのかもしれない。

そして、全体的に味が濃くなっているようにも思う。関西の味は基本的に薄味で、素材のよさを引き出すのが、その料理法の中心であったが、洋風の濃い料理に慣れた結果、顧客が味の濃いものを求めているのかもしれない。

それとも、味の濃いお弁当やお惣菜の中食に慣れたことが影響しているのかもしれない。かつて、家庭のおふくろ料理というものは、薄味料理が主体で、味の濃い料理は、敬遠されたものだが、今は、家庭で日本料理することも減り、薄味を経験することが減っているのかもしれない。

味は、舌で味わう。そのように考えると、人々の舌の感性の劣化が、外食のまずさを容認しているのかもしれない。今、内食の時代と言われるが、これを機会に、改めて、関西の食文化を取り戻したいものだ。

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