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2009年2月21日 (土)

学卒エリートの危さ

最近、非常に凶悪な犯罪が多発している。何も罪のない一般人が巻き込まれる悲劇が起こっている。また少し前の元官僚に対する殺人行為も異常というしかない。常軌を逸している。犯罪者もいろいろなタイプがあるのだろうが、この事件は、調査にも慣れ、計画性も強い。その上、殺し方に強い憎悪が感じられる。

これらの犯罪の理由はわからないが、意外と学歴が高く、成績優秀だった人が多いように感じる。そういう人が社会に出て、初めて挫折を味わい、自分の不幸感を埋めるため、他人を殺めているような感じだ。出世した、その他のエリートに対する嫉妬のようにも取れる。彼らは成功し、自分はなぜ駄目なんだという一種あせりのようなものを感じさせる。

さて、普通、子供の頃から、小さい挫折を積み重ね、それを乗り越えると、それが節になって、竹の様にしなやかになるが、それを経験しないと、ちょっとした衝撃で、ぽきっと折れやすい。大人になってから、心をしなやかにすることは、本人の努力にもよるが、なかなか難しい。

結局、犯人は、挫折を経験しなかった学卒エリートのような感じもする。それが社会に出て、それまでに経験のない挫折を味わう内に、「こんなはずではなかった」という焦りが、学卒エリートのプライドを傷つけるのであろう。このようにして、考え方がおかしくなったと考えられる。

一般に若い人が、順境を歩み続けると、社会に出て、挫折には弱い。よく商売人は、三代目で、身上を潰すと言われる。生まれた時から、何不自由なく暮らしていると、世間の厳しさがわからず、ちょっとしたことですぐ挫折する。学校エリートも、同じ様なものだ。

学校時代は、成績が良いから、周囲からちやほやされる。そして、そのような状態が当たり前と思い込むようになる。当然、プライドは高くなる。そのため、社会に出ると、「あれはできない、これもできない」と理屈をつけて、仕事から逃げの姿勢になる。

結局、企業側からすると、使いにくい人材になって、学歴では見下している人材に追い抜かれてしまうのだ。新卒にしたって、就職が大変だとは言うが、企業を選び過ぎだろう。自分を磨くつもりなら、いろんな経験が出来る中堅企業や中小企業が相応しい。

だが、学校エリートは、そういう選択はできない。どうしても、学校エリートに相応しい企業や地位・役割があると幻想する。そう考えれば、高い学歴を誇り、官僚になっている方々も危いと言うことになる。これらから、はっきり言えることは、学校時代の成績は、社会での成功とは、必ずしも連動しないということを各人が認識することだろうと思う。

*追記

一般に学卒エリートは挫折に弱いが、世間体を気にするためかスキャンダルを過剰に怖れたりする。そういうことも相俟って、学卒エリートを、基本的に企業のトップに据えてはならない。よく言われるのが、東大卒が社長になると、その企業は衰退期にあると。

これは何を意味するのか。企業の草創期や、リスクの伴う成長期には、挫折を怖がる人材は、決してトップに就かない。学卒エリートは、基盤が既に整っている成熟期から衰退期に、トップになることが多い。今の米国経済や日本経済を救えるのは、学卒エリートではないことは確かだ。

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