« 投資信託で財産を失う人たち | トップページ | 消費のケチ道?と企業 »

2009年2月10日 (火)

現代の金融問題とノンリコースローンの時代

バブル崩壊時、銀行から融資を剥がされて、倒産した中小企業は多かった。銀行から融資していたお金を急に返済せよ、と言ってきたのだ。その時、大銀行も、街金と大して変わらないなと、思ったものだ。

経営者から、今の金融の仕組みが問題なのだと、当時、よく聞かされた。銀行ほど、無責任な仕事はないとのことだった。ボヤキを割り引いても、銀行は、当時、役割を果たしていなかった。それは、今も変わっていないかもしれない。

確かに、BIS規制とか、時価会計が銀行経営を困難にし、融資を難しくしているのはわかる。そして、大銀行が合併して出来たメガバンクは、国際金融市場で活動しなければならないから、それは止むを得ないのかもしれない。

ただ、欧米の作った仕組みが必ずしもベストとは限らない。日本も、あるべきルール変更をもっと積極的に提案すべきなのだ。そうしないと、国内の資金循環は悪化するばかりである。特に、内需振興のためには、現在の国際ルールは邪魔だろう。

ところが、ルールを急激に変えることは、国際的に相当強い政治力が必要となり、現在の日本の政治家には、あまり期待できないかもしれない。だが国内的に見れば、この国際ルールは、あまり意味がない。

企業の活動を阻害することになっているだけだ。それに長期的視野にたった経営が出来なくなることは、雇用にも悪い影響をもたらす。結局、米国の思惑に乗せられた金融の変な仕組みが、経済に動脈硬化を起こしているのが、今の日本の現状だろう。それが最終的に、多くの破綻企業を生んでいる。

しかし、問題は、それだけではないだろう。中小企業のように間接金融に頼る所は、現在の金融の仕組みが、その経済活動を萎縮させているとも言える。その中で、特に問題なことは、担保を取っておきながら、担保価値の変動によって、融資金額が変動してくることだ(このため、金融機関は、経営者に個人保証を融資時に求め、多くの経営者が、経営破綻時、悲惨な目にあっている)。すなわちリコースローンと言われるものだ。

例えば、貸した時より担保価値が上がれば、もっと借りてくれと言ってくるし、貸した時より担保価値が下がれば、追加担保を言ってくる。すなわち、市場の変化に対して、銀行はリスクを全く取っていないという事だ。こんな気楽な商売はない。

それでも、戦後復興時代は、高度成長によって、インフレ状態の時は、この融資の仕組みは有効だった。インフレが続いている限りは、貸す方も借りる方も、お互いがメリットがあった。

しかしながら、国家の基盤が整い、現在のように成熟している日本では、今後、この融資の仕方がいいかどうか疑わしい。今後は、融資時の担保価値は、変わらないものとして、融資することが望ましい。つまりノンリコースローンだ。もちろん、銀行は市場を睨んだ担保価値変動によるリスク管理に基づく融資が、求められるようになる。

このようにすれば、経営者も個人保証を求められることもないし、仮に破綻しても、再起しやすい。経営者は次々と生まれてくるという人がいるが、それは必ずしもそうではない。リスクを取って起業する人は、現実限られる。そう考えると、事業に失敗しても、再チャレンジできる仕組みにすることが、経済活性化に役立つと考えられる。そういう意味でも、ノンリコースローンに転換することは意味がある。

現在の日本は、企業側は融資を仰ぐことに慎重になり、金融機関も融資に慎重になるという、ダブル「慎重」が、景気の足を引っ張っているとも考えられる。国の中にお金が循環させるには、政府による財政政策などの景気対策より、このような金融の仕組みを変更させる方が有効ではないか。

もちろん、銀行からは反対意見が出されるだろうが、景気が停滞すれば、金融機関も困るわけで、国が活性化されれば、金融機関にとってもチャンスがある。借りる側は、返せなくなれば、担保を放棄すれば、借金はチャラだから、経営の見切りも早くなり、国全体としてのロスも防げる。その方が資金効率が良くなるはずだ。

尤も、資産の査定は、メガバンクしか出来ないという言う意見もあるが、資産査定のある程度の人材育成をやれば、地方銀行でも、それは可能であろう。百年に一度という危機なら、金融の仕組みも、大きく変更させる機会でもあるのではないか。

|

« 投資信託で財産を失う人たち | トップページ | 消費のケチ道?と企業 »

経営関連」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 投資信託で財産を失う人たち | トップページ | 消費のケチ道?と企業 »