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2009年2月 3日 (火)

王者の心配とは

『抱朴子』で、葛洪が「王者の心配」について、記している。

  一、自分が心驕って贅沢になること

  二、賢人が自分のために働いてくれぬこと

  三、自分が使っている者が賢くないこと

現代における「王者の心配」とは、何だろうか。ここで言う王者とは、それぞれの分野で活躍しているトップと言えよう。それは企業だけでなく、家計でも同じことだろう。企業におけるトップのあり方や従業員について考えてみると、当てはまることも多いだろう。

家庭でも、これは、妻が王者とすればわかりやすい(笑)。それでも、一、のことができない妻なのに、パートナーに過剰な要求をするのは、止めにしようね(笑)。よくある事だが、自分がだらしないのに、相手にいたずらに期待をするのは、おかしいでしょう。

人を使うには、それなりの態度を示さなくてはならない。見上げられる存在の、いかに息苦しいことよ。「王者の心配」とは、なんと辛いことよ。その点、流風のような庶民は気楽なことよ。

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