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2009年3月15日 (日)

器用な人とマムシ爪

先日、電車に乗っていると、“マムシ”を見た。少し懐かしい感じだった。その説明は、後にするとして、子供の頃、母に山川での遊びでは、蝮(まむし)に気をつけるように、何回も言われた。蝮に刺されると、死ぬこともあるから、注意せなあかん、とよく言っていた。そして対処法を何回も何回も教えてくれた。実際は、幸い、そのような処置をしなければならない場面に遭遇することはなかった。

しかし、遊びに夢中になっておれば、なかなか子供では、注意するにも限度かある。それでも、一度大きな蛇が出たので、怖くなって、逃げ出したら、後で、「あれは青大将やから、大丈夫や」と友達が笑いながら教えてくれた。ある時点までは、蛇を捕まえても、どういうこともなかったのだが、母が蝮のことを教えてくれてから、どうもそういうことが苦手になったと思う。

ところで、電車で出会ったマムシは、本当の蝮ではない。いわゆる「マムシ爪」の人だ。親指の爪が平べったい指を言う(蝮の頭に似ている)。爪の長さが極端に短いのだ。妙齢の女性だったが、流風が、ふと視線を指に合わすと、恥ずかしそうに隠した。悪いことをしたかもしれない。

しかし、このマムシ爪の人は本当は貴重で、実は器用な人が多い。細かい作業をさせれば、速くて正確な人が多い。そういう人に、過去に、そんなに多くの人に会ったわけではないが、器用な人がほとんどだった。それは男女を問わない。

流風は不器用の典型であるが、ああいう器用な人に出会うと、羨ましくて仕方ない。若い頃、住んでいた近所のおばあさんに、そういう方がいたが、繕い物を頼んだことがあるが、あっという間に仕上がり、驚いたことがある。そのおばあさんは、矢張りマムシ爪だった。

別にマムシ爪でなくても、こういうことは器用な人は当たり前なのかもしれないが、流風には、まるで神業のように思えたものだ。最近は、そういう方にはしばらく会わなかったが、先日、電車で出会った時は、懐かしく思った。本物の蝮とは会いたくないが、このマムシ爪で、作業されている姿をどこかで、また見たいものだ。そして、その爪だから、恥ずかしく思う必要はないと思う。

*追記

ネットで見ていると、「マムシ指」について、指が蝮の頭のように曲がるとこと、と説明しているものがあるが、ここで取り上げているマムシ爪は、「マムシ指」を指していない。

また、マムシ爪の人は、必ずしも器用ではない、との記述がネットに、あったが、それはおかしい。年輩の多くの人から聞いた所では、間違いないとのことだ。もちろん、そういう細かい仕事に就かなくて、訓練する機会がなければ、その人の能力を知ることはできないであろう。

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