« 瀕死企業を救済する愚 | トップページ | 日米同盟後を、どのように考えるか »

2009年4月26日 (日)

妖怪の源流と『妖怪天国ニッポン』展

来春のNHKの朝ドラは、『ゲゲゲの女房』らしい。あの『ゲゲゲの鬼太郎』の作者である水木しげるの婦人の原作によるものらしい。彼の妖怪は、流風が学生当時、随分と奇妙に思えて、あまり好きではなかった。ところが、同級生には、結構ファンが多くて、不思議だった。

さて、日本に伝わる妖怪は、見方によっては、日本のサブカルチャーである漫画の源泉であるとのことだ。漫画風のものを描き始めたのは、禅僧あたりと思う。それがだんだん進化して、その周辺の人々が描くようになったものと思われる。

そもそも、古代には、現代のように科学が進歩していないから、多くの自然現象に慄き、自然への怖れと敬意が原点と考えられる。だから、妖怪は、古代に、巫女などの一種独特のカンの鋭い人々が見たことを、形にして、一種「神格化」させたとも考えられる。土偶なども、その一種と言えないこともない。あれは人のようで人でない。夢で見たような形なのだ。単に古代の人の表現能力が劣っていたとは考えられない。古代人の人々の中には、自然の中から多くの妖怪を見たに違いない。

やがて、これらの人々を利用して、地域の有力者が、自分と結び付けて、畏敬の念を持つ手段に使われていったと考えられる。私達人間にはわからない世界がある。それらが私たちを監視ししている。そういうことで、人々に恐怖や畏敬の念をもつようになる。人々は、一度恐れを持つと、それをなかなか克服できない。権力者は、それを利用したに違いない。

以後、時代が下るにつれて、巫女とは異なる、陰陽道のような特別な感性の持ち主の人たちが、普通の人には見えないものを形にしていたとも言える。禅僧にしても、修行を突き詰めれば、普通の精神状態ではいられないだろう。そうしないと、真理は獲得できないだろう。また、霊感の強い人は幽霊などという、そういう存在を示すことによって、人々の心を自制するように持って行ったとも考えられる。

やがて、それは仏教の哲学と相俟って、思想的に表現されたものもあったものが、一般民衆にも流れ、更に都市化により、そういうものが見える人達が減ったこともあって、民間人が、世間や権力者を皮肉る手段なっていったと思われる。

それは世間的事実は覆い隠し、支配からのストレスや嫉妬心の発散をしていたのだろう。それでも、見る者が見れば、真意はわかるというものを表現していった。ここでは、権力者や思想家と違って、楽しむ手段に移行していることがわかる。

つまり民衆が、かつて権力者の支配手段だったものを逆手にとって、権力者やお上に対する、密やかな抵抗の表現手段になっていった。それが、現代はキャラクター漫画として進化していると言えるのではないか。

以上のような流風の観点か正しいかどうかはわからないが、兵庫県立歴史博物館で、平成21年4月25日から、『妖怪天国ニッポン』展(平成21年6月14日まで)が開催されている。この展示会では、主として江戸時代の妖怪から展示している。江戸時代には、かつて恐怖の対象であった妖怪が、茶化して楽しまれる対象になっていた。そこに、現代の漫画精神の源流があるとする。

最初、見に行ったら疲れるだろうなと思っていたが、案外気楽に鑑賞できた。もちろんお化け屋敷のイメージでの展示ではない(笑)。確かに、慣れるまでは、変な絵ばかりと思うが、観ていくと抵抗感も薄れ、不思議な世界に連れて行かれる。深刻そうで、深刻でない。

裏読みすれば、それには深刻な事態があるのだろうが、そこまで踏み込んでは鑑賞できなかった。鑑賞するには、歴史を十分知っていないと、その皮肉も理解できない。流風の浅学な知識では、なかなかわからないのだ。そういうことで、今回も図録を入手し、理解を深めて、再訪しようと思う。

*参考

  公式図録『図説 妖怪画の系譜』

   兵庫県立歴史博物館・京都国際マンガミュージアム編

   但し、この図録は展示ごとに説明したものではなかった。

   どちらかというと、マンガを強く意識した展示全般に対する解説書だ。

   流風にとって、多くの図の説明の方が参考になった。

*参考

 兵庫県立歴史博物館 「ひょうご-妖怪・自然の世界」

 http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend3/index.html

|

« 瀕死企業を救済する愚 | トップページ | 日米同盟後を、どのように考えるか »

姫路と播磨」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 瀕死企業を救済する愚 | トップページ | 日米同盟後を、どのように考えるか »