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2009年4月21日 (火)

料理は、やっぱり道具かな

弘法は筆を選ばず、なんて言うけれど、凡人の料理には、やはり適切な道具は必要だ。亡き母のように、道具ばかり、買っていても、料理は上手にならない人もいるにはいるが、道具で、その出来具合が違うということを度々経験させられた。

とは言っても、流風が買う調理器具は、スーパーなどで売っている安物が多い。その結果、今までフライパンや卵焼き器で、どれくらい失敗したことか。安物は、何年も使えない。結局、買い直して、安物買いの銭失い、ということになっていた。

しかし、高い物が優れているかと言うと、必ずしもそうでないことも事実だ。かつて高級輸入品の調理器具を頂いたことがあるが、使い勝手も悪いし、おいしい料理もできなかった。当時の料理の腕前を差し引いても、問題は多い。日本の料理には向いていないのだろう。

また高名なデザイナーによってデザインされた調理器具も、器具としては、イマイチな物が多い。確かに、一見便利そうにデザインされているのだが、使う側の立場に立っていないことが多い。また限られた予算の中で作るのか、デザインに重きが置かれて、器具として、しっかりしていないものも散見される。

流風が求めるフライパンの要件はは、少ない熱量で、油も少なくて済み、料理もおいしく仕上がるものがいい。ある意味、省エネが求められる。そして、どんな料理も、これさえあれば、一応何とかなる優れ物が欲しい。それに細かい手入れが不要で、さっと洗って、いきなり使えるのもいい。

結論的には、料理は、やはり、素材と道具だ。最近、料理する者の能力に合わせて、道具の選定は、つくづく大事だと感じている。料理人からすれば、当り前なのだろうが。

*平成25年9月30日追記

現在は、百貨店の売り場の人に勧められて、タイ製の商品を使っている。値ごろ感もあり、機能的にもいい。

*平成26年1月19日追記

最近は、普通のフライパンに加えて、小型の卵料理専用のフライパンを購入し、使っている。これは便利だ。

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