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2009年5月27日 (水)

仙俗のバランス

政治評論家の中で、清廉潔白なことが当り前と声高に言う人々がいる。確かに理想はそうかもしれないが、人間の身体が汚いものから成り立っているように、世間は混沌としているのが実情だ。

そんな中で、自分だけががきれいと言うのは偽善だし、極めて怪しいものだ。もし、仮に、それを本気で信じているのなら、世間知らずと言える。もちろん、彼らは、本音と建前を使い分けているのが事実だろう。だが、マスコミで、言うようなことではあるまい。まあ、評論家という者は、日和見主義で、いい加減なものだが。

逆に、この世の中は汚れているのだから、皆やっているのだから、悪いことをして、いい結果を出せばいいのだという大変俗っぽい人々もいる。彼らは、あるべき姿を示さず、目の前の成果だけで満足しようとする。それは世間を甘く見過ぎている。

現実を見過ぎると、何が正しいかということが見えなくなる。あるいは曇ってくる。何の理想もなく、日々を送っても、それは空しいだけだ。人間社会の現実をわきまえて、理想を語ることは大切だ。

私達は、どちらに行き過ぎてもいけないような気がする。仙俗と基本的に適切な距離を保ちながら、物事を見るのがいいのだろう。要はバランスだ。指導者はバランス感覚が求められる。そして、一般人は、案外、バランス感覚で世間を見ている。ということは、指導者にも、庶民感覚が求められるということだ。

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