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2009年5月10日 (日)

世間の常識

常識というのは、馬鹿に出来ない。それは、その社会に住む人間が営々と築いてきたものだからだ。それは現代のいかなる知識も上回ることはできない。もちろん、国や、地域によって、その常識は異なるかもしれない。だから、文化・常識の違う人間が交流すれば、当然、摩擦が起こる。

日本は、比較的、海外の文化・常識を柔軟に受け入れてきたが、ただ単に受け入れただけではない。それを取捨選択し、新しい文化や常識を作り上げてきた。よく、それが日本の強さと言われてきた。確かに、そういう面はあるだろう。

その底には、絶えざる新規に対する興味を持ってきたとも言える。もちろん、そのたびごとに、いろいろ問題や課題が生じるわけだが、そこから新しいものを作ってきた。

だが、法律や制度を守ろうとする人たちの感性は、いつの時代も低い。それが彼らの役割と言ってしまえば、その通りだが、彼らの専門的知識が、新しいものを受け入れるのを拒むようだ。それが他者には、保身的に映る。

しかしながら、彼らも常識の変化をつかむ努力を怠ってはいけないだろう。同様に、一般人も、知識だけにとらわれずに、常識をきちんと身につけ、その変化も取り入れるように、常に学ばなければならないだろう。

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