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2009年5月 1日 (金)

世襲ということ

世襲問題が、やっと政治の世界で取り上げられている。多くの国民にとって、閉塞感があるのは、政治家の世襲も一役担っていることは確かだろう。世襲議員も、能力があればいいではないかという意見もよく聞くが、地盤、看板、鞄で得た地位は、自分の考え通りには、運ばない。結局、これらは世襲議員にとって、大きな足かせになるだろう。

だから、いかに世襲議員に能力が高くとも、それは割り引いて考えなければならない。すなわち、あるべき政策が反映されない場合が多いと見てよい。これが世襲議員の根本的な問題だ。

だから、地盤、看板、鞄(金)をすべて引き継がず、独自の能力で、全く違う選挙区で立候補するなら、それを阻むことはできないだろう。独自の地盤を築き、自分のブランドを築き、多くの支持者から個人献金を集めて、政治家になるのを抑えることはできない。

ただ、現在の世襲議員は、いわゆる出来上がったものの上に乗っかった、お飾り議員であるのがほとんどだろう。自分自身の考えは、基本的に何も反映されない場合も多いだろう。あるいは制限されるだろう。結局、大半は世情に疎く、たまに意見を言っても、世間外れの頓珍漢な的外れの発言をして、騒動を起こすぐらいだ。

国民が政治に対して、諦め、閉塞感を持たないような仕組みが必要だろう。世襲を制限し、新たに政治を志す人々が出てくるようにしたいものだ。そうすれば、本当の世論が反映され、マスコミによる衆愚政治も少しは改善されるだろう。

*追記

一部マスコミ(朝ズバなど)は、世襲制限に、やや否定的だが、何もわかっていない。安易なコメントをしてほしくない。もともと司会者が意見を言うレベルの低い報道番組だが、コメンテイターも問題が多い。

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