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2009年5月 8日 (金)

水桶の水

徳川家光に仕えた松平信綱という人は、用心深かったようだ。当時も、江戸は、日頃から地震が多かったようで、いざという場合には、お城に駆けつけなければならない。だから、皆、地震があれば、駆けつけなければならない心構えはしていた。

ところが、彼は、その目安を作っていたようで、水桶に水を常時汲んでおき、地震が起きても、その揺れる程度で、登城するか判断した。すなわち、地震が起これば、水桶のところに駆けつけ様子を見る。水桶から水がこぼれるようなら、登城し、こぼれなかったら登城しないとしていたようだ。非常に合理的な判断をしていたわけだ。

誰でも、行動基準というものは、それなりに持っているかもしれない。それを明確な形で、持っている人は少ないかしれない。惰性に流されず、大いに学びたいものだ。

*追記

上記とは、少し事情が異なるのだが、子供の頃、父は、朝早く、バケツに水をくむのが習いだった。母がやっていることもあったが、大体、井戸の水を自分で汲んで、家の前に置いていた。それは日課のようだった。そして、夕方に、木々に水遣りするのに使ったていた。ある日、なぜ、その水はほとんど夕方まで、使わないのに、朝早く水を汲むのか聞いたことがある。

そうすると、これは用心のためにすることで、夕方、水遣りするためのものではない。もし、近所で火事などかあれば、水を汲む時間がもったいない。人間、すぐに行動できるようで、できないものなのだ。焦れば、普段できることの倍の時間がかかってしまう。だから、バケツに汲んで、用意しているのだ。大体、そういうような内容だったと思う。そして、水遣り後、新たに、水を汲み直していた。

父らしい配慮だと思ったものだ。それに火事を出せば、七代恨まれるということも言われ、そこに住めなくなる。昔は、地域の団体での奉仕活動は当り前だったから、こういう用意も自然に出てきた発想で、これは父だけではなかったようだ。それだけ、近所には迷惑をかけられないし、もし最悪の事態に陥っても、機敏に動けるように準備していたのだろう。

果たして、流風が、地域にそのような配慮ができているかどうか考えると、まだまだ不十分だ。長いホースを用意して、いつでも放水できるようにはしているが、それは水遣りのためだ。いざという場合に、どうすればいいか、日頃から考えておくのは、今更ながら大切と思う。

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