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2009年6月24日 (水)

翻訳しやすい日本語で話すこと

義務教育の小学生での英語教育が盛んに言われるが、あまり成果を上げていないようだ。小学生での、バイリンガルは、脳を混乱させるだけだろう。言語は、文化であり、きちんとした教養のない上に、自国言語以上の言語を学べば、混乱するのは当り前である。

外国語は、基本的に学びたい人だけが学べばいい。全ての日本人に英語が必要なわけではない。きちんとした日本人としての意見が言えることがまず優先される。

ただ、国際交流時代に、外国語に触れる機会は、日常的になりつつある。その中では、異文化のコミュニケーションは必要になってくる。そこで、求められるのは、通訳や翻訳機を利用するにしても、翻訳しやすい、わかりやすい日本語を使うことだろう。

そうすれば、翻訳が的確に行われて、コミュニケーションは、スムーズになる。だから、むしろ話し方の訓練が求められる。結論から話すというのも、一つの方法だろうが、基本的に短いセンテンスで話す方が伝わりやすい。そのような話し方の工夫をすることが、国際社会でのコミュニケーションをスムースにすることだと考える。

ただ、話したいことを明確に話すことは、簡単なようで簡単でない。日頃からの伝わりやすい話し方の訓練が必要で、日本人に求められているのは、まさにそういうことであって、外国語教育がすべてではない。

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