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2009年6月 3日 (水)

銀行と証券の一体化の危うさ

この6月より、銀行と証券の一体化が促進されるという。本当に大丈夫だろうか。昨日の日経の匿名記事(平成21年6月2日付朝刊)にもあったが、欧米は金融危機の中で、金融機関に対する規制強化を検討中である。日本は、その流れとずれ、周回遅れの可能性があるとしている。

流風は、日経の意見記事はあまり信用しないのだが、この記事については、同感するところがある。そもそも、銀行自体、バブル崩壊時、大量のリストラにより、必要な人材が不足している。現在の貸し渋り問題も、融資が的確に判断できる人材がいないという。銀行本来の仕事ができていないのだ。

そういう観点からすると、彼らが、まずやるべきことは、人材の育成ではないか。あるいは、退行職員の再雇用かもしれない。いずれにせよ、現在の状況で、銀行が証券業務を拡大したところで、うまくいかないだろう。

それは現在やっている投資信託の販売をしている行員のレベルを見れば明らかだ。極めてレベルが低い。商品知識も不十分だし、現在の経済情勢の把握もしていない。ただ、金利が低く、預貯金を集めることができないので、何だか商品内容はわからないが、売って実績を上げたいだけの姿勢に映る。

このように、投資信託の情報力では、証券会社と雲泥の差がある。多分、それを詰める努力も怠り、ただ業績が上がれば、何でもやるという姿勢なのだろう。そこに新規の証券業務をやったところで成功は覚束ない。結局、人件費と時間を空費するだけになるだろう。

逆に証券会社が銀行業務をやるとしても、それは無理だろう。過去に証券会社出身者が企業に赴いて、うまくやった例は極めて少ない。大概、その企業をボロボロにして、ハイさよならというパターンが多い。

彼らの経営感性は、コンサルタントと同じで、現場が分かっていない。机上の数字だけを上げるのが経営と思われても、どうしようもない。彼らは、企業から出てくるデータの分析加工は上手だが、いざ経営となると、投資ファンドと同様、素人なのである。

ということは、証券と銀行業務は、本来、ビジネス感性が大きく異なるのだ。それの垣根をはずしても、うまくいくはずがない。人材不足の銀行と、現場経営に疎い証券会社が組んだところで、ろくなことはできない。せいぜい、実物経済に大きな混乱を招くだけにすぎないだろう。

更に、銀行と証券の一体化は、インサイダー取引の更なる横行があるだろう。今までも、金融機関のインサイダーは、暗黙の了解だったニュアンスがある。彼らは否定するだろうが、融資しておれば、情報は取れる。その情報は、各種流れていたのではないか。

今後は、グループ内で、操作できると言っても過言ではないだろう。銀行と証券の一体化は、不正の温床の拡大と捉えることもできる。

そして、いずれ海外の金融規制強化によって、日本の金融機関は締め出され、業績を上げるために、危ういビジネスに走るのではないか。欧米の金融危機と同じことを招くのではないかという疑念がある。

かつてのような行政指導による護送船団方式は、やり過ぎだったが、いずれオープンな行政指導が必要になってくるかもしれない。いずれにしろ、金融自由化は、国際金融市場からすれば、もう時代遅れとなるのだろう。為政者は、朝令暮改を決して恐れてはならない。

*追記

メガバンクをはじめ、多くの金融機関が、莫大な赤字決算を計上している。経営者の無能ぶりは、明らかだか、更に増資しようとしているのは、変な感じを受ける。資本を増強して、自己資本比率をアップしようとしているのだが、一体、金融機関の役割は何なのか。

かつて、政府の行政指導による護送船団方式では、金融機関の経営は、何も考えなくても経営は楽だった。今は、世界を読み、時代を読み、政治の流れを読むことが必須だ。だが、現在の経営者は、金融自由化に対応できる能力を備えていないことから、多くの赤字を垂れ流している。

こうなれば、金融自由化は、一体何だったのか、ということになる

*2016年8月30日追記

この記事は7年前の2009年のものだが、今でも認識に変わりはない。金融業に限らず、経営の多角化は簡単ではない。今求められるのは、特徴のある金融業だろう。

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