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2009年6月17日 (水)

理想の妻とは(下)

それでは、なぜ、この「あほう、かしこ」の考え方が出てきたのか、少し、考察してみよう。実は、この「あほう、かしこ」の考え方は、随分と中国的なのだ。

例えば、孔子の弟子の顔回のことは、「終日違わず、愚なる如し」と言われている。しかし、顔回は、孔子も認めた、一番の弟子だ。孔子は、むしろ顔回から学ぶことが多かったのではないかと言われるほどだ。

その彼は、自分のもっている知や智に奢ることなく、謙虚な態度で、常に他人の意見を聴き、受け入れていた。悪く言えば、馬鹿な振りをしていた。しかし、常に自分の知識や経験に疑いの眼を向けていたのは事実だろう。

同様な考え方は、時代は大きく下るが、同じく中国の元の末期から明の初期に活躍した、劉基という、軍人であり、政治家であった人がいた。彼の著書『郁離子』の中で、次のように語っている。

  知にして愚をよくすれば、

  すなわち天下の知、

  加わるものなし。

解釈する前に、彼はどんな人であったか、軽く触れてみよう。彼は、明の建国に貢献した人物で、初代皇帝の朱元璋が最も恐れた人間である。日本でいえば、豊臣秀吉に対する黒田官兵衛ということになるかもしれない。彼も黒田を恐れたことは有名だ(*注1)。

それは戦争もうまく、実は映画『レッド・クリフ』で話題になった赤壁の戦いの火による仕掛けによる戦いは、実際、劉基が、ある戦争でやったものがモデルと云われているほどなのだ。

それを、『三国志演義』の作者が参考にした。作者は、赤壁の戦いを、いかにも見たように描いているが、諸葛孔明の時代は、ずっと昔で、歴史的にも、その戦いの詳しいことは伝わっていない。そこで、創作するために、参照したと云うのだ。

そのように、優れた軍略家が、上記の言葉を示している。実に深い言葉だ。解釈としては、顔回と同じことで、自分に智慧がある上に、更に謙虚になって自分を愚者と考え、他者の意見を受け入れることができたなら、最早、これに付け加える智慧というものは存在しない、という意味だろう。

これは何を意味しているかと言えば、たとえ、結論は最終的に、自分の思った通りになっても、そのプロセスでは、謙虚な姿勢で、多くの人の意見を聴き、それを取り入れながら、結論に導けば、多くの人の納得も得られて、最終的には、物事がスムーズに運ぶということだろう。急がば回れ、ということかもしれない。

果たして、日本にどのように伝わって、商家の考え方になったかは、定かではないが、多分、華僑ともつながりがあったとされる、近江商人あたりに伝わり、商売のあり方を研究するうちに、そういう考え方ができたのだろう(*注2)。

それが、彼らが京都・大阪に進出するに従い、関西に広まったのではないかと思う。商売の運営は、人の運営でもある。それをうまく運営するには、「あほう、かしこ」の知恵が、一番と理解したのかもしれない。そして、この考え方は、商家の嫁の条件になったのだろう。こうなってくると、「あほう、かしこ」の考え方は、まさに人間学の領域である。

*注1

黒田官兵衛は、秀吉に従軍し、毛利軍と戦っていた時、織田信長が明智光秀による本能寺の変で、亡くなったという報に接して、慌てふためいている秀吉を説得して、天下を取るチャンスと進言している。それが中国大返しにつながる。どんな時も、冷静に対処する黒田官兵衛を秀吉が恐れたのも、頷ける。

*注2

神道、儒教、仏教の研究に基づく、石門心学が、商人道に影響しているとも考えられる。

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