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2009年6月 4日 (木)

反魂香の話

反魂香については、以前にも少し記したが、能や落語の題材に使われたりして、人口に膾炙されているとはいえ、興味を引く話なので、もう一度、覚えとして詳しく記してみる。

漢の武帝が、河北出身の李延年という歌舞の師匠から、『絶世傾国の歌』という詩を聞かされる。それは次のようであったという。

   北方に佳人有り

   絶世にして独立す

   一顧すれば人の城を傾け

   再顧すれば人の国を傾く

   寧んぞ傾城と傾国とを知らざらんや

   佳人は再び得がたし

まあ、全詩を通じて、言いたいことは、私の国には、絶世の美人がいますよ、という意味。もし、よかったら紹介しますよ、という含み。大体、権力者に取り入るには、人、物、金と相場は決まっている。人とは、女性のこと、物は貢物、金は賄賂のことですね。

特に、権力を握った男は、美しい女に弱い。彼は、そこに付け込もうとしたのだ。女を世話すれば、いずれ、その関係で、自分たちも重用される。そういうことを期待してのことだろう。そういうことは、歴史の中で延々と繰り返されてきた。

実は、この絶世の美人は、李延年の妹のことだった。名前は不明だ。彼女は容姿がいい上に、兄の仕込み宜しく、歌舞にも秀でている。

武帝は大変関心を示して、この兄のたくらみは成功し、妹を呼び寄せ、武帝に会わせる。武帝は、彼女があまりにも美人なので、すぐに気に入り、自分の愛人にする。大体、近親者は、身内を過大評価しがちだが、これは額面通りだったようだ。確かに、この妹は、実際、美人だったらしい

ところが、美人薄命というように、彼女は、しばらくして、病に陥る。最近の美人は、そうでないから、昔の美人は不健康な生活を強いられていたのかもしれない。武帝も大変気になり、様子を見にいくが、どうしても彼女は会えないという。追い返され、武帝は、仕方なく、帰っていく。

つまり、彼女は、病気で容姿の衰えて、こんな醜い姿は姿は見せたくないと思ったのだ。大体、どんな美人も、年齢とともに、容姿は衰えていく。それは美人ほど、その落差が大きい。同様に病気で、容姿が見る影もなくなり、それを見られるのが嫌で、李夫人は武帝と会わなかったのだ。

結局、武帝は、彼女の最後の姿を見ることなく、彼女は死んでしまう。ということで、武帝には、彼女の美しい、いい記憶しか残っていない。彼女が武帝に会わなかった本心は、武帝には、自分のいいイメージだけを残したかった。自分を本当に愛してくれているのではなくて、自分の容姿だけで私を愛しているのだろうから。

結果的には、武帝には、いいイメージ残像だけが残り、亡き李夫人に対する想いは募るばかりであった。彼女のことが忘れられず、甘泉殿の壁に、彼女の姿を写して、悲嘆に暮れる。

そこに死者を呼び寄せることができるという、斉の方士、少翁の評判を聞いて、彼を招いて、彼女を呼びださせる。いつの時代にも、胡散臭い人間はいる。武帝の取り巻き連中が手配したのだろう。少翁は、武帝が帳の中で李夫人を想いさせながら、反魂香を焚いて、霊を呼び戻すことを実行した。そうすると、焚いたところに、死んだはずの李夫人が現れたという。

つまり、想いは通じるということを言いたいのだろう。現実的に考えれば、何かを飲まされたか、嗅がせられたりして、武帝は、幻覚に陥ったのだろう。その前に、李夫人とスタイルが似ていて、同じような格好させれば、武帝は、李夫人と錯覚するだろう。

多分、そういうことだったに違いない。こういうと、夢も希望もないね(笑)。でも、大体、このようなことを勧めるのは、この手の人間だろう。トリックは、あったと考えるのが自然だ。ただ当事者たちは、真剣に考えていたかもしれない。

でもね、李夫人にすれば、死んだ後まで、魂を呼び寄せるなど、いい加減してくれと思ったかもしれない。歌の文句じゃないが、「疲れ果てた あなた。幻を愛したの」と。そして「愛は消えたのよ。二度と呼び出さないで(*注)。疲れ果てた あなた。私の幻を愛したのよ」と。(以上、“オリビアを聴きながら”改作)。でも、記憶には残してと。

だが、李夫人の深謀遠慮は、夫人亡き後も、夫人の一族(兄の延年や、もう一人の兄、李広利など)は、普通は権力から遠ざかるのに、重用され続けたという。そう考えると、彼女は、単に美人だけでなく、身内を大切にする賢い女性でもあったようだ。だが、女の浅知恵が、彼女の死後、国を混乱させていく。そうだとすれば、権力者が女性に溺れることはいかに危険かを示している。

*注

原曲 “オリビアを聴きながら”では、「呼び出さないで」ではなくて、「かけてこないで」となっている。若い頃、杏里の歌で、よく聴いたものだ(笑)。場面設定は、全然違うけれど。

*追記

李一族の繁栄は長くは続かなかった。李夫人の子供を皇太子にすべく、李広利が皇帝に働きかけたことから、おかしくなる。権力闘争に巻き込まれ、没落していく。

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