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2009年7月31日 (金)

母の読書

母の読書法は、自身が語っていたように、斜め読みの速読だった。その点、精読の父とは、全く対照的に逆だった。以前のブログにも記したが、母は家事があまり好きでないらしく、まあ、それでも、今の若い人と比べれば、結構やっていたが、暇があれば、本を読んでいた。

読書傾向としては、いろんなジャンルのノンフィクションや小説とともに、『婦人画報』とか『婦人公論』なども、読んでいたと思う。流風が学校に上がると、学校図書室からの貸しだしは、ほとんど母の要望によるものだった。

借りた本を数冊持ち帰ると、嬉しそうに、すぐさま家事の手を止めて、無心に本を読み始める。その間、家事は完全ストップ(笑)。そんな時、夕食は、子供から見ても、明らかに手抜きだった。父も諦め顔だった。それらの本好きの理由は、はっきりとは分からないが、戦前・戦中と、読書がままならなかったのかもしれない。それゆえ、本に飢えていたのかもしれない。

翌朝、起きると、母が目を真っ赤にしている。本を深夜まで読み続け、あまりにも感動して泣いてしまったという。そういうことが毎回だった。まあ、涙もろい母だから、そうなったのだろう。でも、子供向けの本を読んで、感動するのだから、いつまでも少女の気持ちだったのかもしれない。

ただ、有難いことは、母が、読んで本のあらすじをわかりやすく説明してくれるので、読書感想文は楽だった(笑)。かなりの速読なのに、あらすじはいつも正確だった。感想文は、流風が書くものの、結構、母の感想が入っていたと思う。そのようにして、図書室から借りた本は多いと思う。先生は、よく読書する生徒と勘違いされたかもしれない。

流風が学校を卒業してからは、気になる本の書評を見つけては、あれを買ってこい、これを買ってこいと依頼があった。そして、また貪るように読んでいた。しかし、一回読むと、父のように再読はなく、もったいないが、全て処分を流風に任された。それが唯一の贅沢だった。流風が関心のあるような本なら、読むのだが、関心のないものがほとんどで、図書館に寄贈したり、ゴミとして捨てた。年に30冊~50冊ほどで、数十年、ずっと続いた。

それらのほとんどが、半日ないし1日で読んでいた。本当は、もっと読みたかったに違いない。その母も、晩年は、眼が悪くなり、あまり読めないことを辛そうに語っていた。読書好きの母にとっては、眼がよく見えなくなったことは辛かったことだろう。もう少し、長く、読める状態だったら、よかったのにと時々思う。

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2009年7月30日 (木)

映画が観られない!

最近の映画の興行はどのようになっているのか、わからないが、よく思うことは、少し関心を持った映画が、なかなか映画館で鑑賞できないことだ。少しマイナーな映画だと、やっと見つけた映画館でも、日程の都合で、行けないこともある。大体、一日しか上映されない映画をどのようにして観よというのか(実際は、公開が1日だけということはないが、イメージとしては、そんな感じ)。

つまり、やっと都合をつけて、観に行こうとしても、1日遅れれば、上映は、すでに終わっており、次の作品の上映になっている。そういうことで、見逃した作品は数知れずだ。一体、映画館業界は、どのようになっているのだろう。採算上、止むえないのは、わかるが、もう少し何とかならないのか。

別に、大きな映画館でなくてもいいし、シネマ・コンプレックスでなくてもいい。どこかの文化会館や美術館の小さいホール、博物館のホールでも、学校でもいい。そういうところでも、新作を予約制で、ある一定の期間、上映してほしい。現在のようなことが続けば、映画業界は、折角のファンを逃すことになるだろう。

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2009年7月29日 (水)

父の新聞の読み方

父は新聞が好きで、朝から晩まで、新聞を読んでいたと思う。新聞社から表彰されてもいいぐらいの、精読だった。朝食前の大まかな新聞読みから始まり、通勤途中の電車の中、そして、早めに会社に着いて、更に読み込み、会社で取っている新聞にも、ざっと目を通し、昼間の休憩時間も、惜しむように読み、帰宅すれば、夕食後、朝刊と夕刊を、また読んでいた。

まあ、よくも、飽きないものだな、母と笑いあったことがある(もちろん、父のいない時に)。しかし、流風が、適当な新聞読みなのに対して、父は、きちんと読みこんでいるので、大抵の知識はあった。更に、父の頭の中で、整理されているから、その分析は、いつも的確であった。そういうと、時々、考え込みながら、読んでいた。

だから、夕食時、政治、経済、国際、文化等について議論しても、淡々と分析結果を教えられるので、少し驚いたこともある。いつもは、そんなに賢いとは思われないのだが、時々発揮する、物事の判断力には、母とともに驚いたものだ。およそ、仕事に関係ないことも詳しく、世間のお父さんとは違っていたような気がする。

今では、ネットで情報が整理されているので、新聞をそこまで読みこむ必要があるのか、わからないが、情報を読み込む作業というものは、そんなものかもしれない。ネットに情報が溢れていても、私達は、全ての情報を持っているわけでもない。

むしろ、情報を捌く技術、すなわち基本的な考え方による切り口がより大切なのだろう。父が情報ネット時代に生きておれば、どんな読み方をしただろうか。

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2009年7月28日 (火)

首相になるには

世間は、衆議院総選挙の話題ばかりだが、いずれにせよ、選挙により、次の首相が決まる。日本は、直接首相を選ぶ制度ではないが、間接的には、それを決めることになる。

だが、現在の日本は投票率が低く、それが政治を迷走させているのは、国民にも原因がある。投票率は70%以上なければ、民意は正しく反映されない。選挙には、必ず投票したいものだ(*注1)。

さて、以前、「首相の条件」について、記したが、今回は、首相になるには、どういう心構えが必要なのか、先人の言葉を使って、少し触れてみよう。

まず、戦前の首相の岡田啓介(2.26事件で暗殺されそうになった。*注2)は、次のように語っているという。首相になると見えなくなるものとして、三つのものがある(*注3)。

 一つは、金。

 一つは、人

 一つは、国民の顔が向いている方向。

これらが見えなくなると、首相の命脈は絶たれると。そして、歴史から、わかりきったことではあるが、これらから、逃れるには、立派な師に常に教えを請い、常に正論を発し、間違った方向に行かないように諫めてくれる諫臣を持たなければならない。

果たして、最近の首相たちに、そのようなブレーンはいるのだろうか。随分と怪しいものである。もしくは選定を誤っている。戦後しばらくは、安岡正篤氏のような東洋哲学の泰斗が、政治リーダーを指導したが、今は、それがいないように感じられる。

もし、それができなかったらどうするか。池田隼人首相の言ったように、三人の知己を近くに置く必要がある。

それは、国際戦略政治を理解している一流のジャーナリスト(常に客観的に、国際政治力学を観察できる人)、本物の宗教家(宗派に囚われず、真に宗教の意味を理解している者で、政治哲学をアドバイスできる人)、そして、健康管理してくれる名医(東洋医学、西洋医学を十分理解して、アドバイスできる人)である。残念ながら、彼は、在任中、病に倒れたので、十分な健康管理ができていたか疑問であるが。

首相になろうと思う方々は、その人たちの言葉を常に真摯に受け止め、まずブレーンを整えるべきであろう。

*注1

よく父は、投票に行かない人には、税金を重くすべきだと言っていた。いろんな事情で行けない人もいるだろうが、現在は、投票日前に気軽に投票できる制度(期日前投票)もあり、言い訳は許されないだろう。

投票しないで、政治家に苦情を言うのは間違っている。せっかく、投票権が付与されているのだから、それを行使するのは、国民の責任であろう。

*注2

2.26事件で、反乱部隊に殺されたのは、岡田啓介首相に、容貌がよく似た松尾傳蔵大佐だった。

*注3

首相になると、見えなくなる、三つのものとして、岡田啓介は、次のように説明している。

金については、職権で、存分にお金が使えるから、その価値がわからなくなる。

人については、いろんな取り巻き連中から、いろんなことを聞かされるが、人物の見分けがつかなくなる。真に使える人材なのか、単に利用しようとしているだけなのか。

国民の顔の向いている方向とは、国民の心である。国民との距離ができて、見えなくなる。

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2009年7月27日 (月)

天海僧正の長寿法

      こと足らば 足るに任せて、こと足らず

             足らずこと足る 身こそ安けれ

                                  (天海)

天海僧正は、徳川三代に仕えた人だが、その出所・出生は不明だ。ただ家康は、かなり惚れ込んだようだ。豊臣を滅ぼす智慧を授けた人物でもある。僧でありながら、かなり現実的な参謀の役割を果たしている。

その彼が長寿法を、家康や家光に指南している。最初に示した句も、その一つだが、いろいろ言っているので紹介しておこう。ただ、すでに紹介した健康法と、そんなに差異があるわけではないことをお断りしておく。

 “長命 粗食 正直 日湯 陀羅尼 時折ご下風遊ばざるべし”

まず粗食であること。

これは説明は要らないだろう。グルメばかり食べていれば、いずれ身体はボロボロになる。グルメでなくても、外食や中食で、危険な状態になっている人は多い。栄養、栄養とうるさいが、昔の人は、そんなに栄養に注意を払っていなかった。それでも、身体は強く、長生きだ。

次に、正直に働き、過ごし、無駄な気を使わないこと。

要するに、ストレスを溜めないことだ。そのためには、心に素直でなければならない。そうすれば、心が楽で、病にかかることもない。

次に、毎日、風呂に入って、心身を清潔に保つこと。

血液の活性化とともに、清潔さを保つことは、病を妨げる。

次に、信仰心を持ち、転禍為福の精神で、物事を苦にしない心がけをすること。

現象に惑わされないようにするには、強い人生観や価値観を持つ必要がある。そうすれば、判断に迷いがなく、現象でふらふらすることはない。但し、宗教は、そのための手段に過ぎないことを押さえておく必要がある。宗教に溺れるのは、現象に迷うのと同じだ。

そして、体内のガスを出すこと。屁もそうだが、胃腸を時々、空にする。

ちょっと、「下風」の意味が理解しずらいが、要するに、胃腸の中の物を出せと言うことだろう。それは屁であり、胃腸の有害物を放出せよ、ということだろう。時に、絶食をするのも、いいことだろう。

以上、これらのことをまとめて、別の表現では、次のように、まとめている。これを最後に紹介しておこう。「色うすく」は、上記の説明にないが、その必要もないだろう。

         気は長く 勤めは堅く 色うすく

                 食細くして 心広かれ

                          (天海)

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2009年7月25日 (土)

2009年、家庭菜園中間結果

どうでもいいことだけれど、流風の家庭菜園の収穫結果。まずナス。結局、食べられたのは7本どまり。後、何本かできそうだったが、虫に食われてしまった。キュウリは、先日記した4本以外に、1本追加。他は変形で、虫の餌食に。

トマトは、結局、見通し通り20個。でも、大きさはマチマチ。大きいのもあれば、比較的小さいものもある。他に4個できたが、梅雨のための収穫遅れで、駄目になってしまった。以上は、各1本ずつ苗を買ったのだが、元は十分取れている。200円程度の苗だから。

その他に、ジャガイモ収穫。剥いた皮を畑に梳き込んだものだ。但し、例年通り、1.5キロ程度しかできない。それにしても、どこかの学校で、ジャガイモ栽培して、中毒を起こしていたが、芽をちゃんと取ったのだろうか。それとも、地上に出ていたものを収穫したのかな。

ネギは順調に生育。いつもは、買ってきた根の部分を切り落として、植えるのだが、今回は種から。やはり生育の勢いが違う。気のせいか、味も違う。やっぱり、ちゃんと育てた方がいいのだろう。

カボチャは、結局、大小各1個ずつできた。食べられるかな(笑)。まあ、勝手にできたものを頂くだから、贅沢は言えない。1個は、早く収穫しすぎたかもしれない。いつ調理しようか。

里芋は、以前購入したもので、芽が出てしまったものを植えただけ。葉を少しずつ大きくしている。以前にも記したが、成果より、この葉が大好きだ。でも、芋も楽しみだ。今年は、少し手を入れて、もう少し大きい芋を期待しよう。

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夏の天候不順による災害に思う

今年の夏は、雨が多い。梅雨が明けたとは、とても感じられない。そのため、暑さはそれほどでもないが、蒸し暑い。先日も、土砂降りの雨が降った。確かに、夏は、雷が伴う雨があるのは、毎年のことだが、今年は異常だ。中国、九州地方等では、大変な災害に遭われている。お見舞い申し上げたい。

この大雨は、本当に困る。それでも、流風なりに対策を打って、処置している。かつて、庭には、大雨が降ると、水が浮いて、大変な状況になっていた。それに対して、親は何の対策もしなかったようだ。確かに、天気が回復すれば、それなりに水が引いていくことも事実である。

しかし、不衛生のように感じた流風は、水の流れを観察して、あることがわかった。つまり排水溝の穴が詰まって、水が浮いているのだと。対策として、排水溝の廻りに、手の大きさ程度の石を敷き詰めると、ほとんど解決した。

つまり水は土を運んで、排水溝の穴を塞ぐから、水が流れなくなる。こんなことは小学生でもわかりそうなものだが、父は不思議と手を打たなかった。理由はわからない。周囲に石を敷き詰めると、石と石との間には隙間があるのだが、土は排水溝の穴を塞ぐことはなくなった。

さらに、排水溝につながる水の流れをつくってやるため、石を並べてみると、水の流れはよくなり、改善した。流風は、水害対策のことについては、全く知識はないが、それなりの方法はあるのではないか。各地で、いろんな災害を聞くたびに、自治体の専門家は、何をされているのだろうかと思う。

もちろん、今回の雨の降り方は想定外と言われるかもしれない。だが、過剰な開発や、自然管理を怠ったことが災害を招いているような気がしてならない。自然災害というより、人災ではないか。亡くなった方々を供養するためにも、今後このような災害が二度と起こらないような手を打ってもらいたいものである。

*追記

こういうことを記すと、公共投資が必要と騒ぐかもしれないが、むしろ今の土木の手法が問われている。やたらとお金はかけるが、有効でない手法が取られているのではないか。

開発中心主義の破綻の問題は深刻だ。一時的な経済活性化は、将来、禍を招く典型であろう。また森林保全のための人材不足も問題だ。下草の処理ができないことは、森を荒らし、山の保水率を劣化させ、水害の原因の一つだろう。更に、森の中に車の乗り入れを可能にするためのアスファルトの道を作ることも、水害の被害を大きくさせている。

このように、経済と環境保全は、トレードオフの関係にあるが、下流の町に住む人間も、このことは、真剣に考えなくてはならない。農業ボランティア同様、森林ボランティアの活用も望まれる。

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2009年7月24日 (金)

頭冷やしても、足冷やすな!

頭冷やしても、足冷やすな!とは、受験生の頃、よく言われたことだ。学生の時、冬の間、足温器や電気膝かけなどを買ってもらったが、これらは眠くなるので、学習には逆効果だった。それでも、頭を冷やしても、足を冷やさないようにするため、厚手の靴下を履いたり、厚手の下着、膝かけなど工夫したものだ。

でも、これは、別に受験生だけに限ったことではない。決して身体を冷やしてはいけませんと、子供の頃、よく母親から、言われた。昼間は、短パンで、遊びまわっていたが、それは子供の体温が高いからだという。

ところが、最近の若い女性は、子供時代と身体条件は異なるのに、ファッション重視のためか、通年でショートパンツで歩き、夏は、暑いから、下着のようなファッションで、余計に軽装になっている。

そういった状態で、夏場は、室内のクーラー等で身体を冷やしている。この温度差は、身体によくないことは明らかだ。若い時は、内外の温度差を解消できるとはいうものの、あまり健康にはよくないだろう。

ただ温感は個人差があり、冷房温度の調節は実際、難しく、多くの女性は悩んでいるという。クーラー病なんてものもあるらしい。昔から上に何かを羽織ったり、膝かけをして、しのいでいる風景はよく見られた。

そのようなファッション重視の動向に対して、ファッションと寒さ予防を兼ねた商品は、まだ市場は十分に提供されていないのかもしれない。そういう商品はないことはないが、まだまだのようだ。そういうと、ネットで確認しても、まだ、そのような商品は少ない。

そういうことも考慮して、モデルのniuさんが、ディレクターして、「Mt.SOX 」ブランドのデザインソックスを開発され、販売される。niuさんとは、たまたまブログで知ったのだが、多彩な能力の持ち主の女性だ。

ファッション、音楽、絵画、屋外活動等を通じての独特の感性を活かして、デザインと機能性を重視した商品開発されている。残念ながら、男物は少ないようだが、コーディネイト例を示しながら、ソックスのあり方を示している。

niuさんとは、世代も違うし、感性も異なる上、女性のファッションには、疎い流風(もちろん自分のファッションにも自信はない)なので、評価はできないが、彼女がモデルのせいか、とても似合っているように思う。

また、受験生の娘さんをもつ父親は、「頭冷やしても、足冷やすな!」と、クリスマスプレゼントにすれば、最適だろう。それで、気分的にも受験を頑張ってくれれば、なお良し(笑)。まあ、受験生に限らず、女性は、身体を冷やさないようにしてもらいたいものだ。彼女のいる、そこの君も、冷房対策や、冬の冷え対策ににプレゼントすれば、喜ばれるかも。

これじゃ、流風は、niuさんの回し者?(笑)。 いえいえ、たまたま流風の感性に引っかかっただけに、過ぎません(笑)。

 

 

      

 

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2009年7月23日 (木)

名前が少し変

若い頃、先輩や上司に連れられて、赤提灯で一杯ということがよくあった。大体が、先輩の愚痴がほとんどで、流風は聞き役。飲み代は、先輩が負担してくれるので、嫌々いながらも、よく付き合っていた(笑)。

まあ、これも仕事の一部として、やむを得ない感じだった。いつも赤提灯というわけではなかったが、大体、安い居酒屋とか、たまに、老婆のいるスナックだった(笑)。まあ、先輩の懐具合がそうなのだから、奢ってもらう立場としては仕方ない。

ところで、最近少し流行りだしたのが、「緑提灯」というものだ。これは国産食材50%以上使用の店で掲げているらしい。でも、少し違和感がある。「緑提灯」と言うのなら、国産100%とすべきだろう。50%以上というのは、中途半端な感じだ。

イメージ戦略というのは、一歩間違えば、人々に誤解を与える。実質の伴わないイメージ戦略は逆に、不信感を与えてしまうこともある。でも「黄提灯」というのも、ちょっとね。ネーミングも、なかなか難しい。

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2009年7月22日 (水)

真っ赤な太陽

46年ぶりの皆既日食が話題になっている。確かに、見たことのない人々にとっては、関心があるかもしれない。流風は、子供の頃、見たが、特に感慨はなかった。太陽が月で隠されているだけのことだし、古代の人々は、何か不吉なものを感じたかもしれないが、科学的に理由がわかっている現在、余計に、関心はない。

それにしても、日食を直接見てはいけないと、やたらうるさい。確かに、子供の頃から、太陽を直接見れば目がつぶれて、目が見えなくなると母から、盛んに注意を受けたことは事実だ。実際、目によくないことは間違いない。

しかし、流風は、太陽に対する、ある関心から、母の注意を聞かず、土手から、よく太陽を見上げたものだ。そのため、めばちこ(ものもらい、のこと)ができて、眼科医のお世話によくなった。母は、なぜ、この子供はよく、めばちこになるのか、不思議に思っていたようだが、多分、太陽を直接見ていたことを知らなかったのだろう。

それでは、なぜ太陽を直接見たかというと、絵本や童話などに、「真っ赤な太陽」とあったからだ。親も、そのように説明する。それを確かめたくて、見てみると、どう見ても、赤くない。白いのだ。何回も確認した。何回見ても、白い。それをなぜ赤いと言うのだろう。

それが納得がいかなかった。何でも、物知りの父に、当時尋ねた記憶があるが、父にしては、明確な回答をしてくれなかった。父がわからないことは、誰にもわからないのだろうと思った。

そして、ある時、気付いた。太陽に向かって、目を瞑ると、赤く見える。ああ、これだな、と。最近の子供たちは、どのように感じているのだろう。また童話は、どのように太陽を描いているのだろう。

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2009年7月21日 (火)

インフレ時代の到来予感

国は、多大の借金を抱え、欧米諸国も同様に身動きできない状態だ。世界に重病国家が溢れている。日本も、国や地方の蔵はからっぽで、国民から借用書の山を築いている。何か手立てはあるのか。もう、どうすることもできないのに、それでも国は大盤振る舞いの予算計上。何を考えているのやら。

基本的に、国の蔵を埋めるには、増税か、インフレが必要。増税で、借金を減らす。もう一つは、インフレで、借金を実質減価させる。多くの一般人にとって、デフレ下の増税もインフレも困る。だが、流風は、どうも国が将来インフレ政策を採用するような気がする。

人々は、増税と聞くと耳を塞ぐ。それは何に使われるか不明だし、特定のルートに金が流れるだけと、政府に不信感を持っていることも作用している。そういうことで目先の増税に、心理的に反発する。

他方、バブル崩壊後の、国内経済の長期停滞は、人々の心を不活性にしている。輸出企業だけの頑張りだけでは、人材も育成できない。そういう心理的なことも考え合わすと、インフレは、いつ起こってもおかしくはない。

現実、コストインフレは起こっている。非正規従業員の取り扱いが難しくなって、彼らを活用していた企業の人件費は確実に上昇している。現在のところ、価格転嫁は起こっていないように見えるが、じわじわと物価は上昇している。国の統計では見えないだけだ。

問題は、いつインフレが弾けるだけかということだけだろう。次の政権が、どのような政策を取るかにも、多少影響を受けるかもしれない。所得再分配、財産課税の強化などが打ち出されれば、景気が上昇する可能性もある。

国民は、どちらを望むのか。急激でなければ、インフレを望むかもしれない。だが、インフレのコントロールは難しい。それでも借金をチャラにするには、借金棒引きという徳政令しかないではないのか。現代では、基本的に、それはインフレ。

増税は、なかなか国民の同意を得られないから、残す手段としては、国は、実質借金を減らすには、インフレしかないと思っているかもしれない。国の中でも、一部官僚たちは、それを覚悟しているようなフシが読み取れる。今後の動向に要注意だ。

*追記

考えられるインフレのコントロールは、中央銀行の政策金利の引き上げと、消費税の引き上げとなるだろう。消費税の引き上げも、インフレのコントロールに使うと言うのなら、仕方ないだろう。

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2009年7月20日 (月)

接吻の謂れ

接吻なんて言葉は、今の若い人は、使わないだろう。日本語での表現は、そうなるが、ほとんどが、キスという言葉を使っているだろう。以前は街中で、若い男女が、いちゃいちゃしてキスをする風景を見かけたが、最近はどうなのだろうか。それにしても、外国人が、屋外でキスしても、様になるのに、日本人がすると、汚く見えるのだろう。

さて、この接吻、いやキスの謂れは、本来、女性からのものだったらしい。トロヤが戦争で落ちた時、生き延びた、いくつかの男女が舟に乗り、風に任せて、ローマのある地域に行き着いた。しかし、船旅が嫌になった男が舟を焼き払ってしまうと、他の男たちは怒った。

しかし、女たちも、船旅に飽きていたし、ここに定住するのもいいと思ったので、男たちの怒りを鎮めるため、男たちの口を自らの唇で塞いだことが始まりとされる。当時の女性は、なかなやりますね。日本の夫婦と事情が違うようで(笑)。

ちなみに、日本では、接吻に相当する言葉が文学で、初めて示されたのは、『土佐日記』とされる。その中に、「くちすい」という感じの言葉がある。わかりやすい。次のような一文だ。

 ただ押鮎の口をのみぞすふ。

 このすふ人々の口を、押鮎もし思ふやうあらむや。

舟には彼女は乗っていないから、あまりの恋しさに押鮎の口にあてて、キスをしている。イメージとしては、フレンチキスではなくて、ディープキスの感じ(笑)。元日なのに、旅の寂しさを紛らしている風景。果たして、彼らの彼女たちも、そう想ってくれているのだろうか。

この一文に関心を持ったのは、高校生の頃。口吸い、口吸い(笑)。当時は、今の高校生みたいにすれていないから、純朴な流風。それでも、こういったことには関心があった。友達のように、堂々とエロ本を学校で読んだりはしなかったが、父の週刊誌のエッチな記事を盗み読みしたり、異常に「性」という文字に惹かれたものだ。それは、ついに「人間性」、や「個性」の性にも、反応しものだ。懐かしい(笑)。

また違う方に脱線してしまったが、接吻は男女関係のきっかけでは、大切な意味を持つ。大きく言えば、世界の歴史も、接吻の歴史と言えないこともない。それにしても、石田純一、頑張るなあ(笑)。接吻のうまさで、落としたのかな。それとも、意外にも理子さんが、口を塞いだのだろうか。

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2009年7月19日 (日)

財布の底と、、、、。

財布の底と心の底は人にみせるな、とはよく言うけれど、どうなのだろう。地域によって、この考え方に温度差はあるかもしれない。されど、意味の深い言葉ではあるだろう。

財布の底を他人に見せるなというけれど、これは案外、夫婦のなかでも、言えることかもしれない。夫の方は、常に、お小遣いが足りないと、妻に、いかに無心するかに腐心する。妻からお小遣いをもらうのは、随分変だけれど、そういう家庭は多いようだ。

そして、妻の方も、いかにお金が足りないと言って、夫の働きが足りないと文句を言うが、しっかり、へそくりはしている。そういう状況は、全国どこの家庭でも、見られるのではないだろうか(笑)。

それは夫婦は所詮、他人ということから、そうなるのかもしれない。ただ、これが、はっきり他人であれば、もっとはっきりしている。財布の中身が少なくても、他人からは、裕福そうに見せかける術も必要だろうし、逆に、財布の中身は厚いのに、ビンボー臭く見せるのも、一つの技であろう。

だから、この考え方は、単に見栄張りを批判しているだけでなく、仮にお金が手元になくても、心は豊かに、と言っているのかもしれない。お金があれば、心が豊かになるとは言うけれど、お金の欲は際限がない。お金で、心を貧しくするのは、避けたいものだ。そうかと言って、ある程度のお金を持たないと不自由だ。その辺の塩梅が難しい。

次に、心の底を他人に見せるな、というのは、ビジネスの世界にいれば、誰もが経験していることだろう。商売には、誠実さが求められるが、あまりにも馬鹿正直では、商いに勝つことはできない。それはライバルに対してもそうだし、顧客に対してもそうだろう。そして、もちろん投資家に対しても。

確かに、嘘はいけないし、顧客に変なものを提供するのは論外だ。しかし、それ以外では、いろんな工夫が求められる。市場環境の予測は、各社見方が違うわけだから、それをトップが、マスコミに正直に話し過ぎるのもどうかと思うし、投資家に対しては、常に厳しい見通しを告げるのが正しいだろう。

顧客へは、現状の商品の正しい情報は伝えるべきだが、やたらと新製品の情報は、オープンにすべきでないだろう。顧客に伝えたつもりが、ライバルによって、取られることはよくあることだ。トップの口の軽さを苦々しく思っている社員も多いはずだ。

政治の世界では、与野党の政治家も、最近はマスコミに出演して、得意そうに、ぺらぺらしゃべる方々がいるが、三流の域をでない。あれじゃ、一般素人と何のかわりもない。国民の雰囲気や意向を探りながら、静かに、政策を推進していくのがプロだろう。

プロの政治家が、あんなにしゃべってどうするのだ。アピールのつもりが、その底の浅さを露呈しているだけではないか。マスコミ対応は、各党の広報が、とりまとめて、すればいいことだろう。今一度、このことわざを確認してもらたいものだ。

しかしながら、財布の底も、心の底も、全く他人に見せないことが可能かというと、案外、それが難しいのも事実である。男女関係においては、想いはにじむだろうし、隠せるものではないように、財布の底も、心の底も、その周辺の雰囲気を探れば、自ずと、わかる人にはわかる。

しかしながら、自分から、あまりオープンに、何も考えず、見せてしまうことは、あまりよくないのかもしれない。流風なんて、ブログで、オープンにしているから、阿呆の典型なのだろう。いくら、若い人のためとはいえ、ちょっと洗いざらい記し過ぎかもしれない。

それにしても、財布が古くなり、多すぎる小銭で、底が抜けそうだ。買い換えて、せめて底から抜けないようにしよう(笑)。

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2009年7月18日 (土)

夏休み、土用の丑、そして神戸まつり

梅雨は本当に開けたのか、どうもはっきりしない天気が続くが、今朝は、早朝から、蝉の合唱だ。やはり夏本番なのだろう。

そして、学校は、夏休みに突入した。子供たちが街に溢れることだろう。思い出に残る好い夏休みにしてほしいものだ。勉強もいいが、思い切り遊んでほしい。子供時代にできることは、大人になってはできない。そういうことを親も、しっかり認識しておくことだ。

流風の学生時代は、宿題は、休みの前半に済ませていた。遊び呆けて、宿題は後回しという友達も多かったが、流風は、お楽しみは、後に、という考えだったので、宿題は、早めにやってしまって、残るのは日記ぐらいのものだった。

ところが、この宿題を早く終えてしまうことは、確かに、新学期が始まって、叱られることはなかったが、すぐ始まる中間テストの成績はあまり良くなかった。つまり宿題は早く済まして、遊び呆けるから、宿題の内容を忘れてしまうからだ(笑)。当然、直前に、勉強し直ししても、結果はよくない。宿題は、早くやり過ぎても、遅くまで残しておくのも良くないのだろう。それでも、懐かしい思い出だ。

それから、2009年7月19日は土用の丑。やはり鰻を食べようか。やはり日本産かな。他国製も安全だというが、イマイチ信用できない。一旦失った信用は、そんなにすぐ回復できるものでもない。そんなもの、いくら安くても、食べる必要もない。でも、偽日本産も、去年はあった。

それに、通年で、売られるようになって、有難味も薄い。通年で、売上げようとする欲が、消費者の魅力を小さくしている。業界は、ビジネスのあり方を考え直した方がいいかもしれない。

それに、2009年7月19日は、神戸まつり(http://www.kobe-matsuri.com/)でもある。インフルエンザの影響で、延期になったものだ。夏休みと重なり、賑わうかもしれない。それに神戸市のインフルエンザ・ショック対応の市内の無料開放施設も活用すれば、お得なレジャーが楽しめる。この三連休は、有意義なものになるかもしれない。お金のかからないレジャー間違いなし(笑)。流風は、須磨の水族館にお盆までに行こうかな。

ただ、飲料施設は、休日は、どこも混むだろうから、穴場を押さえておく必要がある。神戸の場合、主たる通り道より、外れた通りの飲食店とか、駅から少し離れたところに穴場がある。そういったところの方が比較的安くて、美味しい料理を頂くことができる。もちろん、並ぶのが好きな方々は、大通りの有名な店で食事するのも悪くない。平日は、どこも大丈夫とは思うが。

流風は、夏は大好きだから、あちこち行くことになるだろう。今年は、神戸まつりに行く予定はなかったが、延期により、行ってみたくなった。明日会場で、どこかで皆さんと会うかもしれない。いっぱい汗をかきながら、速足で歩いていたら、それは流風です(笑)。

*追記

残念ながら、7月19日の神戸は、天気予報では、午後から雨のようである。ちょうどパレードが始まる3時頃から雨が降るのであろうか。晴れ男が、たくさん集まりたいものである(笑)。いずれにせよ、折りたたみの傘は用意した方がよさそうだ。

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2009年7月17日 (金)

命あっての物種

父がよく死んだら終わりと言っていた。母は、それを「命あっての物種(ものだね)」と表現していた。楽しいことも、苦しいことも、生きている証。それで、わいわいやっていけるのは、命があるから。死ねば、後を誰かが祀ってくれても、生き返るわけではない。

若い時は、無理をし過ぎるものだが、それは後の年代になって、じわりとボディーブローのように応えてくる。20代の無理は、30代に、30代の無理は40代に、そして、40代の無理は、死ぬまで。だから、無理はよくない。

それに若いと、太く短くという発想もしがちだが、後になると、後悔することも多い。そういう人々も多く見てきた。一旦損なった健康を取り戻すのは、なかなか難しい。若い人も、細く長く、という考え方を侮ってはいけない(*注)。

そんなことをすれば、チャンスを逸すると考えがちだが、チャンスは、若ければ、同じチャンスは廻ってこないが、似たようなチャンスは何回もある。その中の一つを得ることができれば、好いと思えば、気持ちも軽くなる。

人生は、一度きりだが、継続的に、少しずつ、力を発揮し続けてくれる方が、企業でも、家庭でも、大変重要な意味を持つ。継続は力なり、とよく言うが、まさにその通りなのだ。そのように評価されることを忘れないでほしい。一時的な能力発揮より、継続的な能力発揮が望まれるのだ。それは、結局、個人の生活さえも豊かにする。

与えられた命を粗末に扱ってはならない。

*注

もちろん、瞬間的に、若い力を必要とする時はある。その時は、頑張ってもらいたいものだ。しかし、瞬発力を発揮した後は、きちんと身体のメンテナンスをしてほしい。そうすることが、長続きを可能にさせる。無理は、重ねてはならない。

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2009年7月16日 (木)

嗜好の違い

人間、嗜好の違いはある。その人間の育ってきた環境、プロセスによって、その違いは出てくる。だから、自分の嗜好や好みが、全ての人に受け入れられるとは限らない。流風も、よく失敗したことは、お中元やお歳暮で、自分が美味しいと感じたから、贈る先も、そう感じるだろうと思って、贈ったところ、意外と不評だったりする。

もちろん、お中元やお歳暮の場合は、贈った先の主人より、その奥様が、その評価をされるので、単純に、その相手との嗜好の違いとは、言い切れないが、トータルでは、嗜好の違いはある。

だから、自分が好きだから、相手も好くだろうからということで、推薦することは、ある意味間違っている。あくまで、自分は、これが好きだ、という表明に過ぎない。それ以上はない。

例えば、映画評論や書籍評論を時々、目を通すが、その評価は、その通りの場合もあるし、真逆の場合もある。評論家の見方は、専門家であれば、ある角度からでは、正確であるが、別の角度から見ると、その評論が適正でないことも多い。

物事は、全て、多面的だということだろう。もちろん、明らかに愚作であれば、それは、皆の意見は一致するだろう。だが、ある程度の監督や作家の創ったものであれば、全てが否定されることも少ない。

後は、評論家の感性による好き嫌いに過ぎないのではないか。それは言い換えれば、嗜好の違いとも言える。嗜好の違いは、感性の違いでもある。全ての人が、同じ感性である必要はないだろう。

男女が一緒になって夫婦になる場合も、その感性は違うだろう。結婚前の男女が、似たような感性だから、うまくいくと考えるようだが、必ずしも、そうではないだろう。むしろ、結婚前は、感性が大きく違っても、長い時を経て、似たような感性に近付くことは、よくあることだ。

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2009年7月14日 (火)

見通しと思い切り

先人たちは、次のように述べている。物事を処理するには、すべて原理・原則がある。それで、重要なのは、見通しと思い切りである。将来の見通しなしに、仕事や投資をする人はいないと思うけれども、案外、目先にとらわれて、ずるずる決断できない人は、この世の中にいる。

それは自分の見通しに対して、確たる自信がないからだろう。もちろん、いつでも、間違いのない見通しなどあり得ない。多くの見通しは、ある程度修正が求められる。それでも、最初の見通しを立てれば、それがいい結果を招こうが、招かなくても、思い切りの決断が必要だ。

確かに、眼前には、多くの迷わす現象が、出てくるであろうが、それに躊躇することなく、一旦、結果を明らかにすることが大切だ。全てが、損得勘定で、この世の中が動いているわけではないが、ある程度、結果をはっきりさせることで、本人も自信がつく。

若い人の仕事も、当然そうなわけで、上司に叱られるからと思って、行動をセーブすれば、いつまでも、何がしかの結果を得ることなく終わる。それでは、その人は、いつまでも、成長しない。若い時の失敗は、後に役に立つ時が来る。但し、同じ失敗の繰り返しは、周囲から見放されるが。

このことは、各段階の管理者やトップにも、同様のことが言える。若い時から、そういう判断の繰り返しを多くしてきた人が、結局、上に上がっていくことになる。流風は、とりあえず晩飯のメニューの決断を早くしよう(笑)。

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2009年7月11日 (土)

中国テレビドラマ『三国志』を視聴

子供時代、中学生から高校生にかけて、父に薦められた中国関係の書籍がある。なぜか父は読めとは言わなかった。それはそう言えば、流風が反発して読まないだろうと考えていたのだろう(笑)。そういわずに、「あれは読んだか」「これは読んだか」という言い回しだった。流風の性格をわかった上での薦め方である。

そして、その推薦書としては、『史書』、『十八史略』、『菜根譚』、そして『三国志演義』だった。その他にも、『千字文』は父も蔵書していたが、特にこれは薦めなかった。これは、もっと幼い年齢を対象としたものだったからかもしれない。

だが、結局、学生時代は、大学生の時も含めて、読むこともなく、読んだのは、全て社会人になってからだ。『史書』に関しては、国内に適当な翻訳本がなくて、陳舜臣の『中国の歴史』で代用し、『十八史略』、『菜根譚』は、一通り、目を通した。

しかし、残念ながら、『三国志演義』に関しては、未だ通読できていない。断片的に、いろいろ読んで、知識としてはあるが、全編知っているかと言われれば、否である。

その、『三国志演義』のドラマが、現在、サンテレビで『三国志』として、放送されている。制作は中国であるが、吹き替えがしてあるため、わかりやすい。但し、午前11時の放送なので、録画して、視聴している。

映画『レッド・クリフ』では、「赤壁の戦い」にスポットをあてて、制作されていたが、この『三国志』では、全編描かれているようなので、その前後関係も含めて、よく理解できる。知っている内容のものもあるが、やはり面白い。

もちろん、これは小説であり、細部に関しては、歴史的事実ではないことが大半だろう。それでも、著者の羅貫中の人間観がよく出ていて、日本でも、よく読まれてきて人気があったのはよくわかる。ただ、この作品は、当時すでに流布していた講談を羅貫中がまとめたとされる。

だから、どこの国でもそうだが、歴史的事実関係は、極めて曖昧で、いい加減な部分もあるとされる。そういうと、父も、日本の浪曲や講談は、創作がほとんどだから、嘘っぽいと嫌がっていたのに、なぜ、この『三国志演義』を薦めたのだろう。

それは、この小説の人間観が優れていたからかもしれない。父は、日頃の理詰めの言動とは異なり、「情」のある小説を好んだ。そういうことが、人間が生きていくうえで、大切と思って、子供に薦めたのかもしれない。

このテレビドラマを視聴し終わったら、その『三国志演義』を読むとしますか。それで、やっと父との約束が完了する。

*平成21年8月5日追記

本日で、放送が終了。全編を通じて、知っている内容のものがほとんどで、違和感はなかった。またCGとかを使わず、大量のエキストラを使っているのは、中国らしい。また時代考証も、しっかりしていると思う。ただ、全38回で描くのは無理があったと感じられる。ところどころ、雑な描き方になっている。感想としては、まずまずかなという感じ。また中国人が捉えている三国志の内容だった。やはり国威発揚の意思が感じられる。まあ、これは仕方ないか。作品『三国志演義』自体が中国のものだから。

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2009年7月10日 (金)

雨の歌~20年前のCD(橋本一子)から

本は割と整理処分するのに、CDは嵩が低いためか、どうしても御座なりになる。それでも、やっと重い腰を上げて、今回整理にかかってみた。大体、クラッシックが多いのだが、それも十分聴きこなしたものは少ない。クラシックを聴きますと言えば、聞こえはいいが、はっきり言って詳しくはない。全く、ミーハー的(笑)。

いろいろ見ていくと、若い時に、気まぐれで時々買ったものが、積み重なって、たくさんある。クラッシックの他には、軽音楽とか、映画音楽のものが少しある。後は、親が遺した古い歌謡曲のテープやCDが割とたくさんある。いずれ処分しようと思っているが、なかなか思い切れない。あ~あ、今回も、整理できないのかな。

そういうものも含めて整理していると、懐かしいCDが出てきた。流風が20年ほど前に買ったものだ。確かFMで流されていたので、衝動的に購入したものだ。若い人には、無駄遣いはいけませんよと、よく言っているが、流風も、若い頃は、それなりに使っていたかもしれない。

そして、そのCDが、橋本一子さんの『ロマンチックな雨』というものだ。当時は、音楽だけ気に入って、買ったのだと思うが、改めて歌詞を読んでみると、作詞も一子さんが手がけられているのだが、なかなか面白い。20年目で、初めて気付く、この間抜けさ(笑)。

女性にしては、結構、哲学的で、なかなか難しいことを歌詞にしている。流風も、今の歳になって、やっと理解できるような。当時は、歌詞を読んでも、あまり理解できなかったのではないか。流風と同じ年代だから、頭のいい人は、時代を先行するんですね。

その割に、音楽の方は軽いから、そのアンバランスが不思議だ。と思いながら、一子さんのブログがあるということで、アクセスしてみた。そうすると、彼女は、そのアルバムにある「すこしときどき」を今でも、歌われているとのこと。

また最近、ニューアルバムを発売された。『Arc'd-X(アークト・エックス)』というものだった。ということで、久しぶりにCDショップに行き、ミーハー的に衝動買い(笑)。若い人には、衝動買いを戒めながら、自ら破っている、この愚かさ(苦笑)。そして聴いてみると、ガーン。ダンスミュージックだった。いつもは視聴するのに、慎重さが足りなかったか。

若い人には受けるだろうが、中高年男には、ちと辛い。『ロマンチックな雨』から20年たてば、音楽も変わるのはわかるが、ちと変わりすぎ。まあ、それでも、20年も経てば、仕方ない。折角だから聴いてみると、それは基本はダンスミュージックがあるが、それにいろんなジャンルの音楽が重なっている感じで、フュージョン化している。

ただ歌詞がないので、イメージしにくい。多分、ご本人は、歌詞がなければ伝えられないものは作品ではないと考えているのだろう。それは、『ロマンチックな雨』の歌詞の中にも、そういうことが歌われていたように思う。

音楽を身体で感じ取り、それをダンスで表現し、コミュニケーションできる。それが本来のあり方で、そういう感性を持つ必要があるということだろうか。確かに、そう言われると、現代人は、文字に追われ過ぎているのかもしれない。そのため、本質を見失っているといいたいのかもしれない。文字は、余計なものかもしれない。

彼女は、独特の感性で掴んだものは、言葉では伝えられなくて、音楽を通じて伝えていこうとしているだろう。そういう意味では、彼女は、“現代の巫女”なのかもしれない。彼女の本当の考え方は、わからないが、この2枚のCDからは、そのように捉えられる。その間のCDは買っていませんので、聴いてもいませんから、あまりにも大胆な推論だが(笑)。

でもね、果たして、何を伝えようとしているのか。CD内に、若干の説明書きはあるが、それがヒントなのだろう。否、それが答えかもしれない。だが、皆が皆、音楽から、その伝えたいことをわかることはないだろう。

できれば、DVDで、ダンス映像と一緒にしてほしかった。もちろん、それでも意図は汲めないかもしれない。でも、わかる方にはわかるのだろう。まあ、それはそれとして、梅雨空を眺めながら、再び『ロマンチックな雨』を聴いている。

そして、『Arc'd-X(アークト・エックス)』が理解できるには、更に何十年も要するのだろうか。CDは、一向に片付かない(苦笑)。

*参考

  ブログ *    橋本一子のnajanaja生活

               http://ub-x.txt-nifty.com/blog/

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2009年7月 9日 (木)

兵庫県の今後の戦略を考える

兵庫県知事選が終わり、井戸敏三氏の再選となった。他の知事選と異なり、与野党相乗りの選挙で、井戸敏三氏の信任投票に近いものであったようだ。二期の間、特に失政はないし、最終の仕上げの期にしてもらいたいものだ。一期も、まともに終えていないのに、中途半端に、国政に関心を示す、どこかの“声高”知事とは大違いだ。あんな知事でなくて良かった(笑)。

そこで、兵庫県の戦略を厚かましくも、少しぐじゃぐじゃと考えてみた(笑)。以下、資料も不十分で、素人だから、的外れなことも記すかもしれない。御容赦を(流風にしては、物凄く弱気。笑)。

さて、兵庫県は、いくつかの地域に分かれるが、大きくは、大阪湾に面している地域、瀬戸内海に面している地域、日本海に面している地域、に分けられる。それは逆に言えば、その地理的条件から、いろんな展開が可能な立場にある。よって、一つの政策で、すべてをこなすことは難しい面がある。

まず神戸以東から尼崎までの地区(阪神地区)は、どのようにすべきか。隣の大阪府と連携するのがいいのか。ただ、大阪府は、関西国際空港の不振に手が打てていない。府知事は賑やかだが、地道な府政をおざなりにしている感じを受ける。いろんな政策を打ち上げるが、メリハリがなく、全ては中途半端だ。場合によっては、大阪はさらに地盤沈下する可能性もある。

阪神地区としては、地理的には近いが、今後、大阪が組めるパートナーかと言うと、疑問点が多い。関空についても、かつては機能を、この空港に集中して、伊丹は廃港とすべきと流風は思っていたが、この考え方は撤回したい。

最早、日本の空港戦略の誤りから、隣国の韓国に大きく後れをとっている現状、地方空港は、関空に捉われず、羽田の活用もいいが、もっと海外の空港の利用も考えた、地方空港の利用促進を考えるべき段階にある。

それは岡山空港で、すでに実証済みだ。そう考えれば、伊丹空港や神戸空港は、そういう戦略も必要と思う。それが阪神地区の活性化につながる。それは、中小企業国際化推進戦略にも影響してくる。

各産業レベルでも、大阪との連携のメリットは薄く、海外(特にアジア諸国)や東京圏とのつながりを更に強化する必要がある。それをベースに、各地域との連携が望まれる。もはや近畿圏に属しているからといって、近畿圏に捉われる必要はない。むしろ大阪の機能を兵庫県に移転させる大胆な取り組みが望まれる。そのような兵庫県独自の政策が期待される。

また兵庫県は、西日本の海外戦略センターの核になってもいいはずだ。海外戦略としては、様々な地域と連携しながら、中国、インドとの経済・文化面での更なる交流の促進をしてもらいたい(今まで、各地域が単独で、海外交流を促進しているが、横の連携がない)。また、神戸空港をどのような役割に変更させるかも重要なポイントだ。

次に、明石から姫路、赤穂までの、播州地区については、淡路島も含めて、瀬戸内海地域戦略を採る必要がある。

つまり播磨地区地域は、瀬戸内海をベースとして、経済・観光・住宅戦略を練る必要がある。すなわち、中国地方・四国の瀬戸内側エリアと、協働して、一つの経済圏を確立し、それを東京圏などの大都市圏につなぐ必要がある。

これらの地域は、比較的温暖で、住みやすく、食べ物も豊かである。そういったことを考えれば、今後、熟年及び高齢者の住まいやリゾートとして最適である。そういう基盤整備・活用を促す必要がある。この地域は、今後、日本で有数の地域となろう。観光の目玉が、比較的少ないことから、更なる観光開発や地域連携開発も求められる。

もう一つの裏日本地域については、今後、東京などの関係を強くする都市戦略と海外戦略が望まれる。一般的には、地理的に、日本海側の連携がなされそうであるが、それでは弱い。弱者連合は強くならない。活力のある国内外の経済圏との積極的なやり取りが求められる。

それは観光だけでなく、産業においてもだ。自然環境に恵まれているので、都市部から移住する人は結構いる。ただ、その人たちを活用できる仕組みをもっと積極的に行う必要がある。単に移住してもらいだけでなく、地域戦力として、都会の経験を活かせるような仕組みが求められる。

海外戦略については、独自に開発することも必要だが、阪神地区の海外戦略に相乗りすることも必要だ。その方が、コストがかからない。費用対効果で考えてほしい。決して、予算取りのための無駄遣いはしないで頂きたい。

以上、三地域のそれぞれの政策を新県知事には推進してほしい。そして、最終的には、このような違った特色のある地域が、相互に関連しあって、新しい活力を産み、エネルギーにしていくよう、新知事には、三期目の総仕上げとして、大胆な触媒の役割を求めたい。

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2009年7月 8日 (水)

のぞきはダメよ~謡曲『安達原』(下)

謡曲『安達原』は、結構上演されるので、ご存知の方も多いと思う。なお『安達原』は、曲題は、そのようになっているが、読みは「安達が原」だ。安達原は、テキストによると、福島県岩代国安達郡大平村黒塚だそうだが、今では、地名も変わっているかもしれない。

例によって、多少、茶化しながら、流風的解釈で、そのあらすじを見ていこう(長いので、覚悟してください)。能や謡曲を鑑賞する前の、予習的解釈だ。この能は、まだ鑑賞していないので、観た後は、解釈が違ってくるかもしれない。念のため。

一、那智の東光坊の阿闍梨、祐慶一行は、回国行脚の途中、日暮れに安達原に着く。

山伏修行として、日本六十六カ国を廻る順礼廻国は、どうしてもやらねばならない。そのため、今回は、遠国陸奥の旅で、安達が原に着いた。修行とはいえ、当時は、何の交通手段もないわけだから、当然徒歩で行ったのであろう。托鉢行脚とはいえ、大変なことだ。まあ、人生も、同じことかもね。

二、いつものように野宿をしようと思ったが、幸い一件の庵を見つけ、宿を乞う。

当然、夕方になれば、眠るための休息場所を確保しなければならない。しかし、当時は、ホテルも旅館もない。野宿すると言っても、当時は、狼をはじめ、野生の動物がたくさん、うろうろしている。火を焚けばいいとはいうものの、それはそれで大変だ。冬であれば、野宿も難しい。民家が、運よく見つかればいいが、田舎に行けば、案外見つからない。と思ったら、運よく、灯りが見つかり、宿を乞う。

三、宿の主の女に、中に通してもらうと、そこに枠桛(かせ)輪があり、これが何か興味を持つ。

再三の交渉により、泊めてもらうことになったが、そこの主人は賤しい女だった。だから、侘しい住まいである。それでも、いつもの野宿に比べれば、有難い。ふと見ると、そこに木でつくられた四角い枠のものが置いてある。少し気になって、これは何ですかと聞くと、これは麻を紡いで作った糸を巻き取るものです、と答える。

四、枠桛輪が、どういうものかわかってもらうため、女は糸を手繰って見せて、その動きから、人の身のはかなさを嘆く。

子供の頃、母が、不要になった毛糸で作られたセーターなどをほどいて、糸をこのようなもので巻き取っていた。よく手伝いをさせられたものだ。巻き取ったものを、更に今度は、毛糸玉に丸めていく。今では、そんなことをしている家庭はあるのだろうか。

女は、糸を毎日、巻き取るような日々の繰り返しを嘆く。人間生活は、多かれ少なかれ、そんなものだろう。非日常が連続で続けば、疲れてしまう。案外、平凡なのが幸せなもの。

祐慶は、真の道にかなっておれば、日々に明け暮れ、暇なく暮らせば、浄土への道が開かれると説く。あれこれ思う人間の迷いが、不幸を生んでいるのだ。人間の寿命は限られている。その中で、夢見たところで、儚いものだ。

そういうことを延々とさらに述べる。いくら真実とは言え、少しくどい(笑)。そういうと、お寺のお坊さんの説教も確かに長い。足のしびれが気になって、段々、話が耳に入らなくなる(笑)。修行が足りませんか。すみません。

五、夜も更けて寒くなってきたので、その女は、薪を拾いに外出すると言う。ただ留守中に、閨の中を決して見てはいけませんと言って、出かける。

そうこうするうちに、夜寒になってきた。薪が不足してきたので、それを拾いに出かけると言う。薪というのは、予め、準備しておくものだが、急な来客で、女手では、それを用意するのも大変なのだろう。

そして、このブログのテーマ、留守中、閨の中を決して、のぞいてはいけませんと、女は言う。人間と言うのは、他人の秘密を知りたいもの。さてさて、祐慶たちは自制できるか。

六、しかし、能力は、のぞこうとするので、祐慶は、それを止める。

能では、中入り後、間狂言で、示される。能力は、『鶴の恩返し』のお婆さんの役割。能力(のうりき)とは、霊能力をもった者のこと。能力は、怪しいと感じていたので、祐慶に進言すると、彼は約束を守ろうとする。

約束を守る前提条件は、確かにそれぞれ違う。身の危険を感じているのに、約束を守ると言うのは、少し愚鈍かもしれない。常識を守る人々の間では、約束を守らなければ、信用されないが、非常の時には、それはルール外だろう。だが、それを見極め、こういうことを適宜判断することは、案外難しい。常日頃から、危機意識の高い者に限って、感じ取れるのだろう。

七、能力は、祐慶たちが寝入ったすきに、のぞきに行く。

ここも、間狂言。能力は、あくまでも、自分の判断を信じて、のぞきに行く。この能力の判断は、結果的に正しかったことになる。だが、その判断が、間違っていれば、どうなったか。『鶴の恩返し』と同じような結果になったかもしれない。

八、のぞくと、あら大変。閨の中にあったのは、山と積まれた人の死骸。

まあ、誰だって、驚くわな。現代的に言えば、殺人犯の住まいに、宿を借りたわけだから。それも、死骸は一つや二つではない。まさに、女の怨念がこもったような感じ。どのような人生であったかはわからないが、男に騙され、道ならぬ道を歩み続けたのかもしれない。

九、慌てた能力は、急いで、祐慶たちに教え、これを確かめると、庵から急いで逃げ出す。

祐慶も、それを聞いて驚いただろうな。実際確かめてみると、死骸の山。これでは、あの女に殺される前に、庵を退散するのも、尤もだ。いくら宿に困っても、安易に宿を求めてはいけませんよ、と言っているようにも思える。

十、すると、先ほどの女が、鬼女となって追いかけてくる。

のぞかれて、本性を見破られた女は、ついに鬼女として現れ、彼らを追いかける。でも、鬼女とは何だろうか。結局、迷い人のように感じられる。鬼女でなくても、女性は捉われの心を持つと、よく言われる。

現世第一と考える、現実主義者の女性は、なかなか、諦めの境地には至らない。しかし、捉われるのは、程度は違えど、男も変わらないかもしれない。いきなり、悟る人間など、どこにいようか。捉われ迷うのが人間。それを人生修行で、コントロールできるかどうかは大切だが。修行は、必ずしも、宗教者だけに限らない。生きるという修行は、皆、知らず知らずやっている。

十一、祐慶たちは、これを祈伏するため、必死に祈る。

ここでは、鬼女を何とか祈伏して、身の危険を取り除こうとする。祈伏すると言うのは、基本は、魂を鎮めること。念ずる効果は、現代でも、認められている。

そういうと、流風が子供の頃、病気をした時、母が仏壇の前で、しきりに念じていた。何を念じていたかは知らないが、念じるとことで、子供の病気は治ると信じていたようだ。その姿を見て、子供心に、早く治らないといけないと思ったものである。

十二、ついに鬼女は、祈伏され、恨み声を上げながら、消えていく。

鬼女は、祈伏され、恨み声をあげなから、といっても、案外、鬼女は安らかだったかもしれない。誰かに念じてほしかったのかもしれない。孤独で、思い込みが、不幸をスパイラルにしていくのも、一つの事実だろう。

この能は、比較的人気があるが、なぜだろう。のぞきという、人間の弱さか、人は自分一人で迷ってはいけないということだろうか。見方によって、いろんなことを教えてくれる。鑑賞者が、いろんな観点から、想いを致すということが人気の秘密かもしれない。ただ、いきなり鑑賞すると難解だろうな。

ブログのテーマとして見ていくと、のぞきも、場合によっては、認められるかもしれない。のぞきはダメよ、と言っておきながら、それを否定するつもりはないが、それもケース・バイ・ケースだ。現代日本人は、頭だけで考えずに、身体感性をもっと磨くべきかもしれない。中途半端な感想になってしまったが、いずれ、能を鑑賞したら、また記してみたい。

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2009年7月 7日 (火)

のぞきはダメよ~謡曲『安達原』(上)

7月7日は七夕であるが、これは、織姫と牽牛(彦星)が一年に一回逢うという話で話す人が多いだろう。しかし、本来は、棚機というお盆の行事の一環と棚機津女の伝説が重なりあったものらしい。

つまり、棚機は、精霊棚とその幟を安置するのが、7日の夕方という行事と、日本の、水辺で機を織りながら、神の訪れを待つ少女の伝説と合わさったもののようだ。

だから、どうも織姫と牽牛(彦星)が一年に一回逢うというロマンティックなものとは、少し違うようだ。こういう話は、中国で始まった。ただ日本の伝説にしたって、神を待つ少女と言っても、その「神」は、多分、身分の高い男性だっただろう。実際、その子供を産むのだから。

そう考えれば、織姫と牽牛の話と重ねても、おかしくはない。要するに、遠距離恋愛。どこの国でも、同様な話はあるということだろう。それに、先祖を迎えるお盆の棚機の行事が重なっただけだ。いずれにせよ、結果的には、待つと云う行為には違いない。

さて、今回は、七夕の話ではないが、もう一つの機織り女の話に触れておこう。よく見てはいけませんとか、してはいけませんとか言われると、見たくなったり、したくなる。それが人間の性(さが)なのだろう。

それを抑えることは、大人でも、案外難しく、規制されると、余計にやりたくなる。人間社会では、それを法で制限しており、それを犯せば、罪を問われることになっているが、法を犯す者も絶えない。社会秩序を保つためには、大切なのだが。

童話でも、『鶴の恩返し』では、機織りしている娘は、織っている姿を見てはいけませんと言っているのに、結局、お爺さんとお婆さんは見てしまう。それでは、ここで、突然、問題。機織りしている娘の姿を見ようと、最初に言ったのは、お爺さんでしょうか、お婆さんでしょうか。子供時代のことを思い出してください(笑)。

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答えは、お婆さんですね。お婆さんがお爺さんにのぞきたいと言って、そそのかすのです。やはりお婆さんの方が野次馬根性が強くて、見たがりなのでしょうか。案外、男は、若い娘の言うことに従うかもしれません。

娘さんをお持ちのお父さん、如何です。ボーイフレンドのことを心配しながらも、意外と、娘の言うことを信じてしまう。そして、母親だけが真実を知っている(笑)。まあ、女性の母親の方が、カンが働いて、真実を知ってしまうのでしょう。

次回は、そういう、のぞきの場面が出てくる、謡曲『安達原』について、少し触れてみよう。但し、この題名は、観世流のもので、他の流派では、『黒塚』としている。

次回に続く

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2009年7月 6日 (月)

求められる中小企業の合併

中小企業は、日本の70%近くを占めながら、経営効率と言う意味ではまだまだ問題がある。確かに、雇用という面では頑張っているのだが、経営者が、どんなに頑張っても、小さい組織では限界がある。

例えば、従業員の福利厚生の面では、やはり弱い。少子化対策でも、なかなか浸透しないのは、経営環境が厳しいから、それを受け止める余裕がないからだろう。もちろん、それだけで、合併を提案しているのではない。

特に製造業の場合、その営業力が課題だ。個々の企業のトップセールスには限界があるし、限られた得意先に縛られがちだ。リスク分散という発想はなかなかできない。結局、下請け発想に流されがちだ。だが、下請け環境は、今後も悪化していくだろう。

そうかといって、いきなり自主開発品の開発と販売ということに挑戦しても、成功の確率は低い。余程、入念に実行しないと、借金の山を作るだけだ。まずは、営業力をつけることが望まれる。

しかし、自前の営業組織を作るのも、これまた大変だ。となると、提携営業という考えが出てくるが、これもいろんな利害関係が絡まって、運営が難しい。となると、営業力のある企業と合併するか、組織の営業部門を切り離し、共同営業組織にする必要が求められる。

日本の中小企業は、今後は海外への展開なしに生き残ることもなかなか難しい。だが、中小企業単独での進出では、相手国から相手にしてもらえない(*注)。商社を利用する手もあるが、それも限界がある。自前の営業組織がどうしても必要になる。

このように考えると、中小企業の再編が必要になってくる。それぞれの経営者は、自社に対するいろいろな思いがあるだろうが、企業をランクアップし、雇用を確保する観点からも、検討してほしい。それを金融機関や国が後押しすれば、国内の中小企業が活性化されるだろう。

*注

但し、中小企業の商品でも、世界に通用するオンリーワンの商品の場合は、企業単独でも、成功事例はある。中小企業は、営業の強化をするとともに、世界に通用するオンリーワンの物作りが以前にも増して望まれる。

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2009年7月 5日 (日)

大きな勘違いの催し

JA宮崎経済連が、136キログラムの巨大ハンバーガーを作ったようだ。だが話題づくりをして、ギネス世界記録に申請することに、どれくらい価値ある行動と言えるだろうか。果たして、そのことに、どれくらい意味があるのだろう。大変古い感性のように思う。

地球上には、食糧に困っている人々は多くいる。これらの行動は、宣伝活動のつもりだろうが、食べ物に対する一種の驕りではないか。たとえ、後で、食したとしても、それは食糧に対する冒涜ではないか。日本の食糧体制は、必ずしも十分な物ではない。

アピールするなら、まさにそういうことだろう。JA宮崎経済連のやったことは、時代遅れと感じられる。最早、そういうことで、自己顕示欲を満足させる時代ではないはずだ。似たようなことは、他のJA経済連でも、やっているかもしれない。

かつてのように、自然に祈り、作物が自然任せであった時代とは違うと言うかもしれない。しかし、その不安定さは、今も否めないはずだ。もっと、農畜産物を大切に扱い、それを消費する気持ちを消費者に伝えることも大切だ。

消費者からすれば、JA経済連に、このような扱いを受ける農畜産物を、どうして積極的に消費できようか。消費者感情を逆なでするような催しは控えるべきだろう。

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2009年7月 3日 (金)

女性の顔

ブスを主人公にした小説があると聞いて、少し立ち読みしてみた。子供時代、関心のある男の子に、皆の前で、ブス呼ばわりされて、拒食症になり、登校拒否する女の子。一体、ブスの基準は何なのか、そういうことを投げかけている内容だ(*注)。

そういうと、小さい子供の頃、近所の女の子に、「おかちめんこ」と言って、怒らせたり、泣かせたりする男友達がいた。流風じゃ、決してありませんよ。ホント。それに、その近所の女の子が、実際は、「おかちめんこ」ではなかったと思う。

大体、女の子に、暴言を吐くのは、確かに、額面通りの時もあるが、関心のある女の子に対してのことが多い。スカートめくりするのも、自分に関心を持ってもらいたいからだ。一種の男のテレなのだ。こういうのは、大人になっても、なかなか抜けないね。御同輩(笑)。

確かに、大きくなっても、若い時は、やはり女性の顔で区別する。もちろん、ある程度歳が行っても、最初は容姿やスタイルは注目する。いろんな経験をして、やっと真実にめぐり逢える(笑)。

ところで、以前、美人論でも触れたが、日本の男は、美人の要件として、一に瓜実顔、二に丸顔としてきた。もちろん、その下にも、いろんな呼び名がある。多くの女性に非難轟々の可能性もあるかもしれないが、れっきとした書物に紹介されているので、順番に記しておこう(笑)。男の場合は、どう呼ぶのだろう。男は顔じゃないが。

 一に、瓜実顔

うりざね顔とは、瓜のように細面の顔を言うのだろう。確かに、美人に見えやすい。色白は、七難隠す、と云われたが、それと似ている。そういうと、昔の美人の人形はこのタイプで作られている。

 二に、丸顔

丸顔は、説明要りませんね。流風の母も、丸い顔でした。どちらかと言うと、かわいい系。本人は、子供の頃、お盆のように丸いと言われて気にしていましたけれど、若い頃は、結構、人気があったらしい。男は、本能的には、丸顔が好きのようだ。流風もね。

 三に、角面

角面も、その通りで、四角い顔。あまり美人はいないと思うが、意外と順位が高い。エラがはった女性は、男を幸せにすると関西では言うが、本当かな。

 四に、長面

長面も同様に、馬のように長い顔。女優さんにも、割といますね。誰とは言いませんが。最初は、馬面と思っていましたが、最近は慣れました(笑)。

 五に、盤台

盤台は、碁盤のように広く平べったい、のっぺりとした顔のことらしい。それに日に焼けて黒いのだろうか。

 六に、●●●●

目のことらしいが、文字は伏せておく。書籍には、そのまま掲載されていましたが、現代では、身障者差別用語とされる。よって解説もよしておく。昔は、人権に、そんなに関心がなく、そういうことを言うことが当たり前だった。過去に、そういう文化があったことは間違いない。

 七に、みっちゃ

これは、あばた顔のこと。病気で、あばたなら仕方ないこと。明智光秀は、婚約者が病気で、あばた顔になっても、婚約破棄をしなかった。できるようでできない。彼は偉いね。ちなみに現代では、若い時に、太陽にあたりすぎて、ソバカスの多い人になったことを指すのだろうか。化粧で隠してほしいね。

 八に、でぼちん

おでこが、出っぱっていること。要するに額が出ていること。額が広いのとは違うのようだ。おでこが狭すぎるのも、広すぎるのも、美しいとは言えないけれど、それは問題にしていないのか。

 九に、顎(あこ゜)なし

顎が短く、ないように見えること。短くても、かわいい人はいる。逆に、顎がしゃくれていても、いいのだろうか。

 十に、しかみ

醜く、怖気づいた顔のこと。能面から出ている言葉らしい。こういう表情は、別にブスだからというわけでもなく、結構、美人と言われる人がする仕種だ。かえって、美人のしかみ顔の方が怖い。

このように、男が全て、瓜実顔とか丸顔の女性を選択しているかと言えば、そうでないだろう。やはり気持の合う女性が一番なのだ。顔なんて、好き好き。蓼食う虫も、好き好き、と言うではないか。

それに、どんな美人も、三日で飽きると言われる。一緒に暮せば、顔ばかり見ているわけでもない。結局、人柄に尽きる。言葉を投げれば、きちんと返ってくる。そういうことが大切だ。喧嘩も含めてね(笑)。

それに女性の容姿は、髪の毛、化粧、ファッションで大きく変わる(化ける)。そう考えれば、顔の容貌よりも、姿勢の美しさが問われるだろう。女性も、親からもらった顔に手を入れるのではなく、姿勢を正して、内面、外面の美しさにもっと関心を持つべきだろう。流風が言っても、説得力に欠けるなあ(苦笑)。

*注   西加奈子著  『きりこについて』(角川書店)

http://www.kadokawa.co.jp/sp/200904-02/

彼女の経験に基づく話のようにも捉えられる。ただ、西氏がブスかどうかは、コメントを差し控える。でも、知性が漲り、好い顔をされていますよ。

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2009年7月 2日 (木)

ある男と、その愛人~謡曲『花筐』(下)

男大迹皇子は、結局、照日の前と別れを告げ、都に上るのだが、その後の、この謡曲のあらすじについて、流風の独断の解釈を添えて触れておこう(笑)。

一、越前にいらっしゃった男大迹皇子は、皇位継承のため、側に仕えていた照日の前に使いを出し、手紙と花筐を贈り、賜った照日の前は故郷に泣く泣く帰る。

花筐とは、花摘みに使う籠のことだ。流風なんて、籠など使わず、切った花を鷲掴み(笑)。そんなもん、あらへんもん。さすが、宮人。別に宮人でなくても、籠ぐらいは使うかな。そういうと、流風家にも、野菜籠ぐらいはどこかに。

二、彼女と別れて後、皇子は上洛されて、継体天皇になられる。彼は、照日の前に未練がなかったわけでもない。文の中に次のような言葉がある。

  誘われ行く雲の上。廻り逢ふべき月影を。

  秋の頼みに残すなり。

  頼めただ袖ふれ馴れし月影の。

  暫し雲居に隔てありとも

いずれ、迎えたい気持ちはあるようだ。まだ都に行かれて、日も浅いから、未練はあるだろう。まだね(笑)。

三、帝は、玉穂の都に御宮を造成され、一段落ついたので、ある日、紅葉の行幸を遊ばれる。

  萬代の恵みも久し富草も。

  恵みも久し富草の。

  種も栄ゆく秋の空。

  露も時雨も時めきて。

  四方に色添ふ初紅葉。

  松も千歳の緑にて。

  常盤の秋に廻り逢ふ。

  御幸の車早めん御幸の車早めん。

天皇に即位されたことで、世が安定し、きちんと回っていることを確かめに行かれるのであろうか。本来、行幸とは、そうしたものだろう。単に自身の楽しみだけなら、意味がない。庶民の生活の状態を把握して、為政の参考にする。

四、帝の手紙の文言は信じたいが、心揺れる照日の前。君を慕う気持ちは、ますます強くなり、思い余って、御文と御花筐を携えて、侍女とともに都へ赴く。

でも、こういう事態になると、簡単に捨ててしまう男も多いから、女性の方は不安やろうな。そりゃ、いくら文があったとて、そんなもん、あてにはできひんわ。愛は移ろいやすいもの。

天皇の周囲には、美女ばかりだろうし、都に入れば、いろいろ世話する人も出てこよう。いくら寵愛された照日の前とは言え、長いこと逢わなければ、日々に疎し、ということで、天皇の気持ちも離れるかもしれない。居てもたっても、いられない照日の前。

五、そうすると、ちょうど行幸に行きあい、その前に進み、帝を妨げたので、供奉している官人が、「無礼者」と、御花筐をたたき落とす。

気も動転しておれば、もう逢いたいという気持ちでいっぱい。行幸に行きあったのでなくて、多分、事前に調べはついていたのだろう。しかし、前後の見境もなく、帝の行幸をわざと妨げる。ただ、これは男から見ると、少し厄介。これほどまで慕ってくれるのはいいが、こういう女性は、愛を独占したがる。当時の天皇は、夫人(妃)がたくさんいる。その中で、うまくやっていけるのかな。実際、継体天皇は、后以外に、7人の女性を侍らせている。

六、しかし、照日の前は、おじけることなく、「これは帝から賜ったものである」と告げ、帝と会えない苦しみを嘆く。武帝と李夫人の反魂香の故事を語って、恋慕の情を述べる。

花筐を、はたき落した官人は、こりゃ大変と、驚いただろうな。罰せられる可能性高いし、えらいこと、やってしもうた。今後、照日の前から嫌がらせを受ける可能性がある。ああ、どうしよう。そんな官人の気持ちとは関係なく、照日の前は、延々と恋慕の情を語る。武帝と李夫人の反魂香の故事については、以前のブログで取り上げたので省略。

七、訝った官人が、帝に確認すると、それはまさに照日の前に与えた花筐であった。帝は、その女が、照日の前と確認し、連れ帰る。

帝が、花筐を確認すると、まさに照日の前に与えたもの。これはいい機会と連れ帰る。帝も、どのようにして連れ帰るか、思案していたのかもしれない。そういうことで、めでたし、めでたし、となっている。なお、この花筐の物語から、恋しい人の手馴れし物を「形見」と呼ぶようになったという。なるほどね(笑)。

先の説明でも、触れたが、照日の前は、少し情が深い。それだけに取り扱い注意(笑)。こういう女性は、どうしても感情的になりやすい。関係がうまくいっている時はいいが、少し気持ちが行き違うと、ちょっと大変。継体天皇も、その後、苦労したのではないかな(笑)。

*注記

基本的に、上記の解釈は、継体天皇の場合、あり得ないことを記しておく。上記の解釈は、あくまでも、一般的な男女の場合の解釈である。念のため。

というのは、この照日の前は、継体天皇即位前に、後の安閑天皇、宣化天皇を産んでいる。出自はともかく、皇子を二人も産めば、左うちわ。随分と権力風を吹かせたのかな。尾張目子媛とも云われたそうだが、実際、詳しいことは伝わっていない。

つまり、継体天皇の出生年は、不明で西暦450年頃と云われている。他方、皇子たちは、安閑が466年、宣化が467年出生となっている。ということは、継体天皇が即位した時は、58歳だから、皇子たちは、もういい大人。すなわち、皇子を引き連れての即位であったわけだ。

だから、その母親を放ったままにすることは、まずあり得ない。むしろ、話としては、継体天皇の即位に伴い、新しい后を迎えることで、照日の前と、揉めた可能性の方が高い。テーマの持って行きようにズレが感じられる。

この作品は、云い伝えなのか、創作なのか不明だし、世阿弥元清の作とされるが、それもはっきりとはわかっていない。随分とぼかしている。

ということは、世阿弥時代の、どこかの権力者を、遠まわしに、揶揄している可能性の方が高い。登場人物を現在の人を使えば、当局から、うるさいことを言ってくるかもしれないしね(笑)。そういうことで、この作品が作られたのかもしれない。

いずれにせよ、かなりの脚色が入っていると言える。まあ、時代的に、権力者のことは、悪く描けないしね。現代で言う、歴史小説の類と同じかもしれない。でも、暗くなくて、楽しめる内容には違いない。

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2009年7月 1日 (水)

ある男と、その愛人~謡曲『花筐』(上)

大体、後継ぎが必要な家でも、次男坊は、外に出される。昔は、農家は、長男が財産を継ぎ、次男以下は、養子とかに出された。まだ養子はいい方で、自分で仕事を探し、食い扶持を見つけなければならなかった。

それが武家階級の人々でも同じで、次男坊以下は、どちらかと言うと冷や飯を食わざるを得なかった。例えば、吉宗は、次男坊と言っても、上にたくさん兄がいたから、紀州家を継ぐことはあり得なかった。ところが、兄たちが次々と病気でなくなったりして、お鉢が回ってきて、紀州家を継ぎ、ついには将軍家さえも継いでしまう。

ここら辺の人生模様は不思議と言わざるを得ない。それが天の配剤と言ってしまえばそうだが、世の中、いろんな運命の人があるものである。今回取り上げる、謡曲『花筐』も似たような話である。

『花筐』と言えば、少し脱線するが、昔の作家で、花登筐(はなとこばこ)という人がいた。特に関西の商家を題材にした小説が多かった。『銭の花』という小説は、テレビで『細腕繁盛記』として放送され、話題になったものだ。この作家のペーネームは、『花筐』を参考にしたと言われている。当初、この筐の読みが分からず、変な名前と思ったことを覚えている。

さて、この謡曲『花筐』の主人公の一人は継体天皇である。そもそも、彼は、応神天皇の5世で、天皇を継ぐことは、まずありえなかった。越前の国で、呑気で気楽かもしれないが、この地で終わるのかと、鬱々と過ごしていたかもしれない。

ところがである。時の武烈天皇が、後継を定めず、お亡くなりなったものだから、朝廷は大騒ぎ。誰かおらんかということになって(笑)、探し求め、白羽の矢が立ったのが、男大迹(おおあとべ)皇子だった。すなわち、後の継体天皇。

現在でも、天皇家では、少し前までは、皇太子に男のお子様がいらっしゃらなくて、周囲は大騒ぎしていた。男系天皇は、ある意味、世界遺産だから、これを遺すために、皆が憂慮するのはよくわかる。でも、昔のように、后以外に、たくさんの妃を持つことができない以上、皇子を産むことは、至難の業。そのことをどう考えるかですよね。

そのことはさておき、男大迹皇子には、すでに寵愛している女性がいた。その女性の名は、照日の前。名前から察するに、ぱっと明るくしてくれる女性だったのかな(笑)。ちょっと暑苦しい感じもしないわけでもないが、田舎で鬱々としていたなら、その存在は大きかったかもしれない。

次回に続く。

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