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2009年7月29日 (水)

父の新聞の読み方

父は新聞が好きで、朝から晩まで、新聞を読んでいたと思う。新聞社から表彰されてもいいぐらいの、精読だった。朝食前の大まかな新聞読みから始まり、通勤途中の電車の中、そして、早めに会社に着いて、更に読み込み、会社で取っている新聞にも、ざっと目を通し、昼間の休憩時間も、惜しむように読み、帰宅すれば、夕食後、朝刊と夕刊を、また読んでいた。

まあ、よくも、飽きないものだな、母と笑いあったことがある(もちろん、父のいない時に)。しかし、流風が、適当な新聞読みなのに対して、父は、きちんと読みこんでいるので、大抵の知識はあった。更に、父の頭の中で、整理されているから、その分析は、いつも的確であった。そういうと、時々、考え込みながら、読んでいた。

だから、夕食時、政治、経済、国際、文化等について議論しても、淡々と分析結果を教えられるので、少し驚いたこともある。いつもは、そんなに賢いとは思われないのだが、時々発揮する、物事の判断力には、母とともに驚いたものだ。およそ、仕事に関係ないことも詳しく、世間のお父さんとは違っていたような気がする。

今では、ネットで情報が整理されているので、新聞をそこまで読みこむ必要があるのか、わからないが、情報を読み込む作業というものは、そんなものかもしれない。ネットに情報が溢れていても、私達は、全ての情報を持っているわけでもない。

むしろ、情報を捌く技術、すなわち基本的な考え方による切り口がより大切なのだろう。父が情報ネット時代に生きておれば、どんな読み方をしただろうか。

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